ふたつ名の令嬢と龍の託宣
「お義母(かあ)様、参りましたわ」

 部屋に入るなり目に飛び込んできたのは、部屋の中央に立つジークヴァルトの姿だった。

「ジークヴァルト様!?」

 驚いて思わず声を上げると、ジークヴァルトの後ろからひょっこりとクリスタが顔のぞかせた。

「まあ、リーゼロッテ、きちんとご挨拶しないとダメでしょう?」
「あ……申し訳ございません。ジークヴァルト様、ようこそおいでくださいました」

 困惑しつつ淑女の礼を取る。「ああ」と返事をすると、ジークヴァルトはするりとリーゼロッテの髪をなでた。

「あの、今日はどうしてこちらへ……?」

 昨日届いた手紙には、そんなことは何も書いてなかった。ジークヴァルトと離れている間は、毎日手紙でやりとりをしている。二人の間ではそれがもう当たり前のことになっていた。

「わたくしが内緒にとお願いしたのよ。ふふ、会えないと思っていた時に、不意に会えるとうれしいものでしょう?」

 愛しい方ならなおさらね、とクリスタは夢見る少女のようにうっとりした顔で言った。その言葉に、リーゼロッテの頬が(しゅ)に染まる。

(ジークヴァルト様とはそういう仲ではないのに……)

 世間的には仲の良い婚約者を演じた方がよいのだろうが、身内にまでそんなふうに言われると、どうしようもなくむずむずしてしまう。だが、うきうき顔の義母(はは)の期待を裏切ることもできず、リーゼロッテは隣に立つジークヴァルトの顔を見上げて微笑んだ。

「はい……会いに来てくださってうれしいですわ」
「ああ、例のあれを届けに来た」
「わたくしも先ほどジークヴァルト様に見せていただいたのよ。オクタヴィアの瞳は想像以上に美しいものね」

 やはりジークヴァルトはオクタヴィアの瞳を届けに来たようだ。しかし自ら来なくとも使用人に任せればよかったのではないだろうか。

「ダーミッシュ伯爵夫人、こちらの警護に幾人(いくにん)か置いていく。伯爵が不在でご不安もあるだろう」
「お気遣いありがとうございます、ジークヴァルト様。とても心強いですわ」

 クリスタは優雅に微笑むと、今度はリーゼロッテにいたずらっぽい笑顔を向けてきた。

「では、リーゼはお着がえね」
「え?」

 わけがわからぬまま、リーゼロッテはあてがわれた寝室へと連れていかれ、着ていたドレスから別のものへと大急ぎで着替えさせられたのであった。

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