僕を、弟にしないで。僕はお義父さんの義息子になりたい
「お義父さんは、この曲のこと知ってたの?」
左隣にいるお義父さんに、首を傾げて聞いた。
「いや、今日初めて聞いたし、初めて知った」
「蓮夜、大地さんってめちゃくちゃ歌上手いな」
俺の真後ろの席にいる英輔が、そんなことを言ってくる。
「うん、すごいね」
ハスキーで色気があって、伸びやかな声だ。二万平方メートル以上ある武道館の全域に、声が反響して、思いっきり響いているような気がする。全身に鳥肌が立った。歌が始まってから一分もしないうちに、会場は一気に静かになり、女の人達の声が全く聞こえなくなった。会場にいる人全員が、大地さんの声に聞き入っているような気がした。
隣を見ると、姉ちゃんはハットを握りしめて、涙を流していた。涙で濡れたハットが光を放っている。
「飾音、今日、きて良かったわね」
姉ちゃんの真後ろにいた母さんが、姉ちゃんの頭を撫でた。
「うん、うん」
姉ちゃんは涙を拭いながら、何度も頷いた。
ライブが終わると、大地さんがホテルに俺達を呼んでくれた。お義父さんが部屋のドアをノックすると、大地さんはすぐにドアを開けてくれた。
「大地さん、お疲れ様です」
「おお、義勇。みんなお揃いで。ライブはどうだった?」
「最高でした! あ、俺、連夜の親友の英輔です!」
「ああ、君が英輔か。ありがとう。紫月大地だ。よろしく」
「はい、よろしくお願いします!」
「あの、大地さん」
姉ちゃんが大地さんを見る。
「す、すごかったです」
「あ、俺のハット!」
姉ちゃんの手元にあるハットを見て、大地さんは叫んだ。
「これ、私が貰っていいんですか?」
「ああ、ライブにきてくれたお礼だとでも思って」
チケットの代金も払っていないのに、きた礼をくれるのか?
「え、そんなチケット代も払ってないのに」
「でも君、ずっと俺のことを熱っぽい視線で見つめて、歌に聞き入っていただろ? あの表情を見られただけで、俺はすごく嬉しかったから」
姉ちゃんの顔が、一気に熱を帯びた。
「あの、大地さん」
「ん?」
「大地さんの事務所って、オーディションやっていますか」
「ああ、やっている。応募する?」
姉ちゃんを見ながら、大地さんは笑った。
「はい! いつか、一緒に歌歌わせてください」
「もちろん」
大地さんは笑って、姉ちゃんの手を握った。