意地悪な副社長との素直な恋の始め方


「ちなみに、いくらぐらいするものなの?」


自分で車を買ったことがないので、相場がわからず、ただの好奇心で訊いたのだけれど、朔哉は何故か「言いたくない」と拒む。


「どうして?」

「……呆れられるからだ」

(なるほど。それくらい、お高い買い物だったってことか……)


でも、自分の収入の範囲内ならば、何にいくらつぎ込もうと自由だ。
わたしだって、カメラ関連でかなり散財している。
その額は、大幅にちがうだろうけれど。


「好きならいろいろと欲しくなるのは、当たり前でしょ」

「俺は浮気性じゃない。いろいろは欲しくない」

「あのね……言葉の綾でしょう?」

「とにかく……好きなもの、気に入ったものは長く大事に使う主義だ。時間をかけて馴染ませたものほど、愛着も強くなるものだろ」

「理系人間って、新しいもの好きかと思ってた」

「何でも新しいものが好きなわけじゃない。旧世代の古くてスペックの低いパソコンにもノスタルジーを感じるし、最新のバージョンより前のバージョンの方が、使い勝手がよくてしっくり来る場合もある」

「それ、何となくわかるかも……。わたしも、融通の利かないフィルムカメラがやっぱり一番しっくりくるし」

「デジカメは使わないのか?」

「うん。持ってない。大学生の頃、先輩のお古を貰ったんだけど、イマイチ馴染めなくって。いまはスマホのカメラもかなり性能がいいから、それで十分かなって思って、後輩にあげちゃった」

「フィルムも、カラーではなく、モノクロか?」

「うん。両方撮るけど、どちらかといえばモノクロが多いかも」

「こだわりでもあるのか?」

「こだわり……っていうか、刷り込み? 最初に衝撃を受けたのが、師匠のモノクロ写真だったの」

「師匠?」

「最近本名を知ったんだけど、『日村 航太朗』っていうフォトグラファーで……」

「日村? もしかして、八木山の夫か? 社でも仕事をよく依頼している」

「うん。再会するまで知らなかったんだけど、そうなんだってね」


コウちゃんが母の元恋人であり、現八木山さんの旦那さんであること。シゲオのポートフォリオを見たコウちゃんがわたしに気づき、昨日、偶然の再会を果たしたことなどをかいつまんで話した。


「世間は狭いな」

「うん。びっくりしたけど、縁があるってそういうことなんだろうなって思う」

「あの人の写真が好きなら、…………も?」

「うん、好き。でも、もっと好きなのは……」


様々な事業をしている『YU-KIホールディングス』では、広報活動も活発だ。国内外のフリーのカメラマン、コピーライター、大小の広告代理店と数多くの取引がある。

朔哉は、わたしが挙げるフォトグラファーの名はほぼ知っていたが、商業カメラマンだけでなく、動物専門、戦場と異なるフィールドで活躍する人たちまでも知っていることに驚いた。


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