意地悪な副社長との素直な恋の始め方
モデルの娘が、モデルになれるとは限らない


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一同、シゲオの車でやって来たのは、その名のとおり森の中にある家族経営のオーベルジュ。『森のなか』だ。

オーナーはフレンチのシェフ。奥さまはパティシエール。そして娘さんはソムリエと、家族三人で経営している。
料理は、フレンチをベースにしながらも、お客さまの要望に最大限応える。誕生日のケーキなど、デザートの要望にも対応可で、さらには料理に合う地元のワインやクラフトビール、自家製果実酒なども提供している。

客室は、アンティークの家具で統一されたスイートルームで、広い浴室には天窓があり、星空を眺めながら入浴できる贅沢さ。
しかも、宿泊は一日一組限定だから、ほかのゲストを気にすることなくくつろげる。


(こんな状況じゃなければ、堪能できるんだけど……)


客室のリビングに据えられた大きな鏡の前に立つわたしは、シゲオの魔法の手でヘアメイクを施され、別人とまではいかなくとも、ぱっと見ただけなら本物のモデルっぽい。


「やっぱり、『Claire(クレア)』のドレスはステキねぇ」

「派手じゃないんだけど印象的で、ラインもキレイだし……」


ニセモノモデルのわたし……ではなく、わたしの纏う一風変わったウエディングドレスに、シゲオと八木山さんが感嘆の溜息を吐いた。

すっきりとしたマーメイドラインのドレスはシンプル、かつ個性的。
背部の繊細なレースには花や小鳥のモチーフが散りばめられ、ちょうどお尻の上の部分には薔薇のコサージュが付いている。

ドレスはもう二着用意されていて、一つはカラフルな刺繍がドレス全体に施されたもの。
もう一つは、花をモチーフにしたレースのマントトレーン付き。
どれも甘さたっぷり無垢なお姫様……というよりも、凛とした雰囲気のある大人カワイイという印象だった。


「なんていうか……どれも偲月に似合いそうね」

「ほんと。明槻さんのためのドレス? って思うくらい」


これらの美しいドレスをデザインしたのは、ヨーロッパを拠点にしているファッションデザイナーの『Claire(クレア)』だ。

結婚情報誌とは無縁の生活をしているわたしは知らなかったが、彼女のブライダルクチュールは海外セレブの間で人気が高い。

しかも、細部にまでこだわったドレスと同じく、モデル、フォトグラファー、撮影場所、広告媒体、ディスプレイに至るまで自身のこだわりを貫くことで有名な人物らしい。
これまで、数多くの日本の大手ウエディング関連会社が契約交渉に挑むも、口説き落とせずにいた。

そんな彼女が、日本人向けにセミオーダータイプのドレスをデザインし、『YU-KIホールディングス』の傘下にあるブライダルコンサルティング会社と独占契約を結ぶというのだから、業界で大きな話題になるのはまちがいない。

しかし、もし彼女の要求に応えられず、その機嫌を損ねれば、契約は白紙になるかもしれず……。
そうなった場合の損失も計り知れず……。


(つまり……失敗は許されない。なのに、モデルがわたしって、どうよ?)


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