意地悪な副社長との素直な恋の始め方


「朔哉も、芽依も関係ない。ただ、わたしが、信じられないの。朔哉が、芽依の言葉よりわたしの言葉を信じてくれると……芽依よりわたしを優先してくれると……。朔哉にとって、芽依以上に大切な家族になれる自信がない」

「…………」


茫然としてわたしの言葉を聞いていた朔哉が、ぽつりと呟いた。


「どうして……急に、そんなことを言い出すんだ?」

「急じゃない。ずっと感じてたけど、気づかないフリをしてただけ。いまのわたしのままじゃ、朔哉の傍にいたら……ますます自信を失くして、嫉妬して、そんな自分を嫌悪して……どんどんダメになる」

「……俺が、偲月を好きだと言っても?」


さっきまで、朔哉の心の中で吹き荒れていた激しい感情は消え、彼には似合わない、途方に暮れたような表情が取って代わった。

わかっていた。

過去がどうであれ、いまの朔哉はわたしを好きなんだということも。
わたし以上に、新しい関係を築いていきたいと思っていることも。

そうでなければ、あんな風にまっすぐに気持ちをぶつけ、婚約だの結婚だのを口にするはずがないということも。

わかっていても、信じられなかった。

それは、彼のせいでも、芽依のせいでもなかった。


「わたしが……わたしのことを、好きじゃないから、ダメなの」

「だからと言って……出て行くなんて、納得できない」


朔哉は、頑固な表情で首を振る。


「……わかってほしいとは言わない。でも、」


不意に、堪えていたものが目の縁からこぼれ落ちた。


いつもわたしと朔哉が向かい合って食事をしていたダイニングテーブルに用意された、彼女の席。

バスルームの洗面台にあった芽依の腕時計。

寝室のクローゼットに、いつの間にか置かれていた彼女のルームウェア。

床に落ちていたピアス。わずかなベッドの乱れ。

何もないとわかっていても、無意識にありもしない情事の痕跡を探さずにはいられなかった。

そんな状態を続けられない。
そんな状態で、ここにはいられない。




「……ここに、いたくないのっ」



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