意地悪な副社長との素直な恋の始め方


(シリーズ展開ってっ……どういうこと?)


わたしを見下ろす朔哉は、驚きすぎてみっともなく口を開けているわたしに、くすりと笑う。


「詳細については、この後話す」


契約交渉まで公開するつもりはないらしく、「今度こそ会議は終了だ。おつかれさま」とその場にいた社員たちに告げた。

流星だけは、あらかじめ残るよう言われていたようで、着席したまま。
ほかの出席者たちはゾロゾロと部屋を出て行く。

顔見知りの人たちは、「雑誌に掲載された写真、よかったよ」「活躍期待しているよ」など、ひと言ふた言、わたしに温かい声をかけてくれ、そうでない人たちも軽く会釈をしてくれる。

微笑んだり、挨拶を返したりと慌ただしく彼らを見送っていると、最後の一人、芽依が目の前で足を止めた。


「偲月ちゃん、久しぶりだね。元気だった?」


あの夜むき出しにした、わたしへの憎悪や怒りを微塵も感じさせない完璧な笑顔。
会釈だけでやり過ごすわけにはいかず、最大級の精神力を振り絞り、微笑み返す。


「おかげさまで」

「雑誌に掲載された写真、びっくりするくらいステキだったね? クレアさんのインスピレーションが刺激されたのも納得。流星さんとも息ぴったりで、本物の恋人同士かと思うくらい、お似合いだったもんね。ところで……『YU-KI』を辞めたあとも、流星さんと食事に行ったりしてるって聞いたけど……もしかして、もう、お付き合いしてるの?」


芽依がその言葉を聞かせたい相手は、わたしではなく、朔哉だとすぐにピンと来た。
わたしの耳元に唇を寄せてはいても、彼女の声量は十分彼の耳に届く大きさだ。


「それは……」


きっぱり否定しようかと思ったけれど、流星とは月子さんの撮影現場で顔を合わせるなど、退職後もかかわりがあるし、食事に行ったりしているのも事実だ。

芽依が匂わせているような付き合いではないけれど、必死になって否定する必要があるわけでもなかった。

『YU-KIホールディングス』の仕事をすることになれば、朔哉ともかかわることになるだろうけれど、あくまで仕事の上で、だ。プライベートは、もう関係ない。

元妹で、元セフレで、元婚約者(仮)で、いまはただの知人で、元上司。

それだけだ。

シゲオや流星のように、一緒に食事をしに行くことも、近況を報告し合うこともない関係は、友人ですらない。

< 349 / 557 >

この作品をシェア

pagetop