意地悪な副社長との素直な恋の始め方
それは、カメラを愛するものなら一度は手にしてみたいと熱望する名機。
中古でも十万円はする代物だった。

師匠を失ったわたしは、図書館でカメラについて書かれた本を調べたり、件の名機で撮られた写真集を見たりと、学校の勉強よりも数百倍は熱心にカメラの勉強をした。

しかし、子どもの集まる狭い世界では、異質なものは排除される。
マニアックな趣味を持っていると知られれば、ソッコーでいじめられると思い、カメラが趣味だということは、大学のサークル――写真同好会に入るまで、誰にも打ち明けなかった。

その反動もあって、四年の大学生活では、暇とお金さえあればあちこち出かけ、思う存分撮りたいものを撮り、趣味にどっぷり浸かった。

雄大な自然。生命力に満ちた草花。コミカルな動物たちの様子。
魅力的だと思う、ありとあらゆる被写体をレンズ越しに覗き、切り撮った。

社会人になってからは、あの頃よりもお金はあるが自由な時間が激減し、たまにドライブがてら景色のいいところへ出かけるのがせいぜい。

山の中でキャンプして野生動物の巣を張るとか、同じ時間、同じ場所に何度も通い詰め、自然が見せる奇跡のような一瞬を捉える――なんて贅沢なことはなかなかできずにいる。


****


(遠出したいなぁ……新緑の森とか。春の海とか。葉桜もいいし、芝桜もいいし……)


ぼんやりと撮りたい風景を思い浮かべていたら、サヤちゃんに叱られた。


「合コンはともかく、F商事の山本さんとか、Dコーポレーションの石上さんとか、YKコンサルの吉野さんとか、その他大勢のハイスペックな人たちに誘われても断るなんて、普通、あり得ないから!」

「いやいや、あれは社交辞令でしょうよ」


駆け出しの営業マンから、部長課長クラス、さらには社長やらCEOまで。
雲の上の人たちがお見えになるが、意外とみんな気さくで、イヤミもイヤラシさも感じさせずにさらりと食事なんかに誘ってくる。

付き合う女性に困ることなどなさそうな彼らにとっては、挨拶の一環だろう。本気にするだけ、無駄だ。


「もうっ! もったいない! わたしたちが受付のヘルプをしている間に、合コンの約束取り付けて! こんなチャンス滅多にないんだから!」

「はいはい……」


サヤちゃんの言葉に、苦笑いしながら頷いた。

わたしたちの本来の所属は、受付業務を担当する総務部ではあるが、庶務課だ。
いわゆる何でも屋で、普段はもっぱら社内の雑用をこなしている。

受付に立つような教育は受けていない。

しかし。

三月に入って間もなく、受付業務を担当している女子社員たちが、季節外れのインフルエンザで次々と倒れて全滅。さらに、産休やら急な退職やらが重なって、受付担当が激減した。

春は、人事異動でどこの部署もバタバタしている。
秘書課や営業部などキレイどころを揃えている他部署からの応援は仰げず、総務部で一番下っ端である入社二年目のわたしとサヤちゃんの二人で、急場しのぎの臨時受付係を務めることになった。

初日こそ緊張したものの、学生時代にはファミレスや居酒屋、カラオケボックスなどでアルバイトしていたから、接客は嫌いじゃない。
サヤちゃんも人懐こい性格なので、慣れないながらも二人で力を合わせ、なんとか業務をこなしている。

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