意地悪な副社長との素直な恋の始め方



「朔哉ぁ―、パスタとサラダでいい?」


シャワーを終え、濡れた髪をタオルで拭いながらリビングへ現れた朔哉に、一応お伺いを立てる。


「ああ、食べられれば何でもいい。昨日買って来た『SAKURA』のマカロンが、冷蔵庫に入ってる。季節限定のマロンがオススメらしい」

「見たー! ひと口齧ったけど、すっごく美味しかったから、あとでゆっくり食べることにした。ありがと」

「まさか、齧ったのを戻し……いや、うん、よく味わってくれ」


朝と昼、ついでに夜ごはんも兼ねて、冷蔵庫にあったものでペスカトーレとモロッコ風サラダを作る。

お腹が満たされたら、次はマカロンだ。


「はぁ……幸せ……」


至福のひとときだ。


「幸せで何よりだが……一体、いくつ食べる気だ?」

「え。あるだけ?」

「本気か? いま、そこには十個マカロンがあるように見える」

「もともと一ダース入ってたけど? すでに二個食べたし」

「いつの間に……十二個は、どう考えても食べすぎだろ」

「でも、月子さんは最高で三十個食べたって言ってた」

「母さんと比べるのがまちがってる」

「月子さん、経過も良好で、来週には退院できるって」

「ああ、オヤジから聞いた」


先月、映画の撮影が終わり、月子さんは先延ばしにしていた手術を受けるため、立見総合病院へ入院した。
そのタイミングで、夕城社長は月子さんに改めてプロポーズ、二人は晴れて再び夫婦になった。

月子さんは最初、『難しい手術ではないけれど、何があるかわからない。入籍した途端に死別、なんてことになったら申し訳ない』と、退院まで返事を保留しようとした。

しかし、夕城社長が、それまで待てないと涙ながらにゴネたのだ。


『月子さんではなく、僕が、明日事故で死んでしまうかもしれない。そんなことになったら、思い残すことがありすぎて、死んでも死にきれないよ』


結局、月子さんはそんな夕城社長に絆され、押し切られた。
二度目のプロポーズの言葉は、一度目とはちがってステキだったのも、月子さんの気持ちを和らげたらしい。

どんなプロポーズだったのか、ぜひ聞きたいという月子さんにお願いしてみたが、『それは、自伝の最後で披露するから、楽しみにしててね? ふふふ……』と言われてしまった。


わたしが撮った月子さんの写真、月子さんが書いた文章は、すでに編集者の手元に預けてある。
編集者や校正者の手が入り、修正を繰り返し、印刷、製本、出版と完成まであと三か月はかかるが、いまからどんな本に仕上がるのか、とても楽しみだ。

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