意地悪な副社長との素直な恋の始め方

朔哉は、わたしのことを芽依と同じようには扱わない。
口うるさく、横暴で、こちらの神経を逆なでするようなことばかり言う。

でも、わたしが助けを必要としているとき、素知らぬフリをされたことは一度もなかった。

あの、トラウマになった誕生日だって。
ナンパされた時にはちゃんと助けてくれた。

ひとり暮らしを始めたばかりのアパートで、水漏れから家電が全滅したときも。
どこからかその話を聞きつけて、自社が所有する家具家電付きアパートを激安で提供してくれた。

内定をもらった会社が倒産し、大学卒業後の無職が確定した時も。
いきなり『YU-KI』本社の人事部長と面談させられて、いつの間にか採用されていた。

今夜だって。
ダブルワークをしなくてもいいように、わたしが前借した分を払ってくれようとした。

そして、あの時。
駆けつけてくれたのは、きっとわたしが部屋に入るまで見届けようとしていたから。

わかりやすく優しさを示されることはないけれど、いつだって朔哉は助けてくれていた。
わたしが、助けてほしいと言えないのを見越し、先回りして。

そう思ったら、また泣いてしまいそうになり、無理やり明るい口調を装う。


「うん、乾いたと思う」


ドライヤーの電源を切り、手櫛で乱れた朔夜の髪を整えて、立ち上がりかけた腕を掴まれた。


「偲月」

「な、なに?」


中腰のわたしを見上げる朔哉のまなざしは、目を逸らせないほどまっすぐだ。


「いい加減、諦めろ」

「な……」

「もう、逃げられない」


何から、と問い返そうとした言葉は、キスに呑み込まれた。


「さ、……くや……んっ」


さっきのキスとはちがう。
いつものように、抗うことを許さない強引なキスだ。

そのままソファーの上で押し倒されかけたが、顔を歪めた朔哉の舌打ちで中断される。


「朔哉? 腕、痛いのっ!?」


慌てて様子を窺えば、不機嫌な表情でぼやく。


「ちがう……このまま続ければ、途中でやめられなくなるからだ。寝るぞ」

「え、ちょっ……」


さっさとリビングの明かりを消して、寝室へ向かう朔哉のあとを追いかける。

何もせずに朔哉と一つベッドに横たわるのは、久しぶりだ。
高校生の頃以来かもしれない。

何とも言えない、妙な気恥ずかしさがある。

しかし、ベッドを前にして、この恰好では寝られないと気付いた。
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