意地悪な副社長との素直な恋の始め方
家政婦さんのおかげ

*****


「偲月、アレを取ってくれ」

「はい」

「ソレじゃない。アレだ」

「どうぞ!」

「ちがう!」

「え? こっち?」

「そっちだ!」

「そっち? それ?」

「あっちだ」

「もう、どれなのよっ!」

「あ、ここにあった。もういい」

「…………」

「偲月、ペンがない」

「引き出しに替えがある」

「さっき最後の一本を使った」

(経費削減のために、つましい努力をしている社員を何だと思って……)

「取り敢えず、わたしのを使って」

「偲月、さっきのペンはどこだ?」

(こっちが訊きたいわよっ!)

「偲月、喉が渇いた」

「コーヒーね?」

「偲月、コーヒーが冷めた」

「……淹れ直すわ」

「偲月、コーヒーが……」

「ねえ、本当に飲むの?」

「飲む」

「偲月、コーヒーが……(以下省略)」

「ホットでいいのね?」

「偲月、コ……」

「飲む気がないなら、淹れないわよっ!?」

「いや、ネクタイにこぼれた」

「はぁっ!? もうっ! ほら、外すからこっち向いてっ!」

(どうやったら、器用にネクタイだけにコーヒーをこぼせるのっ!?)


常に替えのネクタイとワイシャツ、スーツは用意してあるから問題はないが、毎朝苦労してネクタイを結んでいる身にもなってほしい。


「あんまり染みを付けるようなら、よだれかけさせるわよ?」

「じゃあ、これからはネクタイを外して飲む」

「コーヒー飲むたびに、外して結べってことっ!?」

「いい練習になるだろ?」


覚えたてのダブルノットを結びながら、朔哉を睨む。

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