偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「櫂人さん……?」


なんで? 


どうしてここにいるの?


まさか私を捜している? 


逃げなくちゃ。


ここから、動かなくちゃ。


わかっているのに、足が縫いつけられたように動かない。

幸い彼の立ち位置から私のいる場所は目の前の観葉植物のおかげで見えにくい。

でも近くに来ればすぐにわかってしまう。

何度もスマートフォンに視線を落としつつ、櫂人さんは耳にあてている。

同じタイミングで私のスマートフォンが着信を告げて震える。


……なんでそんなに必死なの?


期待させないで。


これ以上、私の心を壊さないでほしいのに。


「藍!」


背後から名前を呼ばれて、ビクリと肩が跳ねた。


「よかった、見つかって」


振り返った私の目に、眉尻を下げた兄代わりの姿が映る。


「貴臣くん……」


「とりあえず帰ろう」


その声に私はのろのろと立ち上がる。


「荷物は?」


小さく首を横に振ると、貴臣くんはそうか、と呟きそれ以上なにも尋ねなかった。


「じゃあ行こう」


明るくそう言って貴臣くんが歩き出したのは、櫂人さんがいる方向だった。


「ちょっと待って、あっちはダメ!」


焦って出した声は思った以上に大きく、周囲の人と櫂人さんが同時に振り返る。

私を視界にとらえた婚約者の表情の変化が遠目にもわかった。
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