偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
『栗本は相当な切れ者で業界じゃ有名だし、縁続きになりたい会社は後を絶たない。よかったな、理想の結婚相手だ』


「だから結婚なんてしないってば」


『姉貴は俄然この縁談に乗り気だったぞ。もちろん、藍が栗本副社長に惚れてる前提だけどな』


栗本副社長は私を好きなわけじゃない。

期限内に条件をクリアできる“形式上の妻”がほしいだけだ。

もし私がこの話を断れば、当社の化粧品開発が暗礁に乗り上げる可能性は十分にある。

蘭子さんがこれまで必死に頑張って築き上げたものを失わせたくない。

なにより普段からお世話になっている是枝家に迷惑をかけるわけにはいかない。


『藍が玉の輿に興味がないのは知ってるし、姉貴や是枝家は気にするな。俺も姉貴もお前の幸せが一番大事なんだから。まあ藍には俺と見合いするっていう最終手段もあるからな』


重くなった会話を打ち切るように、冗談めいた台詞を口にする貴臣くんの優しさに胸がいっぱいになる。


「……ありがとう。ちゃんと考えるよ」


そう告げて、通話を終えた。

けれど、納得できる答えが出るとは思えない。

猶予期限があるのに考える時間をくれた理由を彼に尋ねれば、とりあえず見合いをした事実に祖父は満足しているらしい。

私にはよくわからない解釈に戸惑いを隠せない。

そもそも後継ぎになるためだけに、好きでもない、初対面の人間と結婚するなんてありえない。


お互いに不幸になるのは目に見えているし、彼なら引く手あまたのはずなのに住む世界の違う私を相手になぜ選ぶの?


考えれば考えるほど負のループにはまりそうで、重いため息をついた。
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