偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
髪にキスされた、ただそれだけだ。

いい大人がいちいち気にするような出来事じゃない。

それなのにどうしてこんなにも心が乱れるのだろう。

まるで映画のワンシーンのように脳裏に何度もその場面が鮮やかによみがえる。


『なんてな、冗談だよ。さすがに出会ってすぐの女性に手を出すような男じゃないだろ』


屈託ない声を上げる貴臣くんにこの感情をうまく話せそうにない。


『それで、どうするんだ? この縁談を受けるのか?』


不意に真面目な声に切り替わった貴臣くんの問いかけに逡巡する。


「……まさか。あんな大企業の御曹司なんて、雲の上の人すぎて想像がつかないもの。そもそもご家族が許さないわよ」


貴臣くんも同じ御曹司だけど、と心の中で小さく付け加える。


『化粧品業界最大手の副社長だからな。そういや昨年発売されたMAGICシリーズは社会人投票の優秀コスメ第一位に選ばれたらしいぞ』


「知ってる。来月には学生をターゲット層にしたプチMAGICシリーズを発売するってネットニュースで読んだ記憶がある」


『へえ、縁談相手の会社をリサーチしたのか?』


「違う! 渚がMAGICシリーズを好きなのよ」


親友の情報によるとMAGICシリーズの開発、販売を積極的に後押ししたのは副社長らしい。
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