偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
四月に入って初めての金曜日の帰り道、婚約者から電話がかかってきた。


『明日会えるか?』


「なにかあるのですか?」


『……婚約者に会うのに、いちいち理由がいるのか?』


なぜか一気に声のトーンが低くなる。


「いえ、その、今後の予定というか打ち合わせがあるのかと」


不機嫌そうな声に慌てて体裁を取り繕う。


『違う。明日はお前とデートだ』


「デート?」


私たちの関係には不似合いな言葉に思わず声が裏返る。


『夫婦になるのに、ふたりきりでどこにも出かけていないだろ』


「そう、ですね」


思いがけない心遣いにほんの少し気持ちが上向く。


『不仲だと世間に疑われるわけにはいかないからな』


淡々とした声に小さな期待が一気に萎んでいく。

まるで重りを飲み込んだかのように胸の奥が重く苦しい。


馬鹿ね、なにを勘違いしているの。


いわゆる世間へのアリバイ工作、それ以外の理由なんてあるわけがない。


「……わかりました。私の予定は大丈夫です」


『明日、午後三時に自宅まで迎えに行く』


「いえ、待ち合わせ場所を決めていただいたら向かいます」


『迎えに行くと言っただろ? 自宅で待っていろ』


「でも、遠回りになりませんか?」


御曹司に迎えに来てもらうなんてありえない。


『それなら、大切な婚約者と少しでも長く過ごしたいと言えば伝わるか?』


さらりと言われた返事に目を見開く。

思わず握っていたスマートフォンを落としそうになった。
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