偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「か、櫂人さん、こちら大学時代からの友人の中津くん」


「はじめまして、中津です」


「藍の婚約者の栗本です」


「櫂人さん!」


「婚約者? 斎田、結婚するのか?」


中津くんは目を見開いて、瞬きを繰り返している。


「えっと、あの、そういう感じかな」


「へえ、おめでとう!」


「ありがとうございます。それでは私たちはこれで失礼します」


「な、中津くん、皆にはまだ内緒にしてね!」


「わかったよ」


なにか言いたそうな中津くんを置いて、彼は私の手を強引に引っ張って歩き出す。

今さらながら大きな荷物を抱えているのになんて器用なのかと驚く。

タイミングよくやってきたエレベーターに乗りこむ。

行き先階を押して、閉まるボタンも急いで押す。


「櫂人さん、なんであんな言い方……!」


なぜ婚約者だなんて名乗るのだろう。

唐突すぎるし、学生時代の同級生に会っただけで不機嫌になる理由がわからない。


「――それを、俺に聞くのか?」


私を見下ろす櫂人さんの目には、小さな焦燥感が滲んでいる。

目的階に到着すると、櫂人さんが再び私の手を軽く引っ張る。


「部屋は?」


「こっちですけど……」


わからない。


なにがいけなかったの?


無言の圧力がつらい。
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