偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
『へえ? ずいぶん積極的だな。なんなら今日から一緒に寝るか?』


『寝ません、なにを言ってるんですか!』


『おかしな話ではないだろ? 夫婦が共寝するのは当たり前だ』


『それは一般的な夫婦でしょ、私たちは――』


『俺たちも“一般的な夫婦”だ』


さっきまでのどこか揶揄うような雰囲気が急に抜け落ちた彼の姿に、驚く。

綺麗な二重の目に真っ直ぐ射抜かれて、目を逸らせない。

すっと伸ばされた長い指が私の頬を撫で、ゆるく結わえていた髪をほどいた。


『俺の妻になる自覚がまだ足りないようだな?』


『自覚って……』


『入籍後は寝室を一緒にするからな』


『ええっ』


『お前は俺のものだといい加減自覚しろ』


『私はものじゃないわ』


『そういう意味じゃない』


『じゃあ、なに?』


口にした途端、強引に顎を掬われて噛みつくようなキスをされた。


『……お前に触れていいのは俺だけだ』


力の抜けた私を抱き留めた腕の中で、物騒な言葉を伝えられる。

横暴な振る舞いと言動になぜか反論できず、ただ彼の胸に凭れていた。

突然の出来事に驚いているだけ、そう何度も自分に言い聞かせる。

けれど激しい鼓動は一向に収まらなかった。

この人の胸の中を、いつのまにか居心地よく感じ始めている自分に驚く。


こんなのはおかしい。


まるで彼に惹かれているみたいだ。

そんなのはありえない。


きっと色々な出来事が立て続けに起こって疲れているのよ。


私を抱きしめる腕の優しさに、甘えそうになってしまうだけだ。

心の中で何度も言い聞かせるけれど、一向に火照った身体の熱はひかなかった。
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