偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「だ、大丈夫だから」


「ここはもういいから、風呂に入ってこい」


「でも」


「今、入らないなら俺が一緒に入るぞ?」


額に触れていた指が、怪しく首筋に触れる。

ゆっくりとほつれ毛を耳にかけられて、身動きができなくなる。


「なに言って……」


「もうすぐ入籍するんだから構わないだろ? 具合の悪い妻の介抱をするのは夫の役目だ」


「冗談でしょ」


「本気。入籍したら一緒に眠ると言っただろ?」


曖昧な、それでいて際どい台詞に声が出ない。

そんな私の様子に構いもせず、つむじに小さなキスが落とされた。


「俺は今さらお前を手離すつもりはないからな。覚悟しろよ?」


「……え?」


「俺がまだおとなしくしているうちに風呂に入れ」


色香のこもった目を向けられ、頬を撫でる手が僅かに離れた途端、私は脱兎のごとく逃げ出す。


「は、入ってくる!」


背中からクスクスと彼の甘い声が響く。


「もう、なんなの……」


私があの人のペースを崩すつもりだったのに彼のほうが上手すぎて、どうしようもない。

洗面所に逃げ込んだ途端、腰の力が抜けた。

ズルズルとドアを背にしてうずくまる。

それでも念のためきっちりドアに鍵をかけた。



激しい動悸はいつまでも収まらなかった。
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