偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
その後、後片づけをしようと立ち上がると、引き受けると言われて再び驚いた。


「片づけはたいして時間もかからないから大丈夫よ。櫂人さんこそ、久しぶりに早く帰宅できたんだし今日は早く休んだら? 疲れているでしょ? お風呂も沸いてるよ」


「お前のほうが料理も作って疲れているだろ。早く休め」


「櫂人さんのほうが忙しいでしょ」


まるで学生のような押し問答を繰り返した結果、ふたりでともに後片づけをすることにした。

やはりこの人の本質はとても優しく、穏やかなのだと思う。

隣でコンロの汚れを拭き取っている彼をそっと見つめる。


この人と結婚するんだ。


改めて認識すると心の奥がざわざわと乱れた。


「藍?」


「あ、ごめんなさい」


「大丈夫か? やっぱり疲れているんじゃないのか? 頬が赤い」


大きな手が、そっと私の額に触れる。

その瞬間、心臓が壊れそうな音を立てた。


「熱はないな」


至近距離で屈みこんで目を覗き込まれる。

吐息さえ触れそうな近すぎる距離に息を呑む。

視界に入った、男性らしい喉ぼとけと僅かに見える鎖骨がさらに私の動揺をあおる。
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