聖女三姉妹 ~本物は一人、偽物二人は出て行け? じゃあ三人で出て行きますね~

十二

「はぁ……」

 朝からため息が止まらない。
 そんなわたしを心配して、アイラとサーシャちゃんの二人が見つめている。

「カリナお姉ちゃん、どうしちゃったのかな?」
「仕事で何かあったのね。カリナ?」
「ううん、何でもないよ」

 二人は不安げにわたしを見つめる。
 ごめんなさい。
 何でもないなんて嘘をついた。
 でも、こんな話は教えられない。
 だって……だって――

 プロポーズされたなんて恥ずかしくて言えない!

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「僕と婚約してくれ」

 博士はまっすぐにわたしを見つめてそう言った。
 その瞳からは迷いを感じない。
 彼はわたしの答えを待っている。

「わ、わたしは……」

 言わなきゃ。
 ちゃんとした答えを。

「は……は――」
「カリナ?」
「保留で! お願いします」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 結局、あの時はハッキリ返事が出来なかった。
 博士のプロポーズにただただ動揺したわたしは、勇気を出せずに中途半端な回答を口にしてしまった。
 そんなわたしを見て、館長は呆れていたと思う。
 博士はというと……

「わかった。ならば今は良い。結論が出たら、また教えてくれ」

 いつも通りの説明口調でそう返した。
 博士にとってプロポーズは、ただの宣言でしかないのだろうか。
 そう思ってしまえるほどあっさりしていて、ちょっと複雑な気分だ。
 
 保留にしておいて複雑とか。
 わたしは何ておこがましいのだろう。
 そんなことを思える資格なんて、今のわたしにはないのに。

「はぁ~」

 何度目かわからないため息が出る。
 もうそろそろ出勤の時間だけど、身体が重くて仕方がない。
 昨日からずっと、博士の顔が頭に浮かんで離れないし。
 それに、純粋な疑問もある。
 博士はわたしのことを、どう思っているのだろうか?
 あのさらっとしたプロポーズに、どれだけ想いがこもっていたのかわからない。
 もしも……もしも博士がわたしのことを――

 なんてロマンチックなことを考えながら、トボトボと家を出て図書館に向った。

 図書館に到着して、午前中は普段通り仕事をこなす。
 館長とも話したけど、彼女もいつもと変わらない態度だった。

 そして――

 午後は研究室に顔を出す。
 正直に言って、とても緊張していた。
 昨日の今日だし、博士と会うのが気まずい。
 でも博士だし、きっと気にしていないはず。
 と思いつつも、いつもと違った反応を期待している自分もいて、もうよくわからない。

「よし!」

 わたしは整理がつかないまま、無理やり気合を入れて研究室に降りた。

「こんにちは、博士」
「ん? 来たかカリナ」

 挨拶は普段通りに出来た。
 博士の反応も昨日から変化していない。
 変に意識はしているけど、これなら何とか頑張れ――

「さっそくだが、僕とデートしてくれるか?」
「……えぇ!? で、でで……デートですか?」
「そんなに驚くことか」
「だ、だって博士が……」

 デートなんて言葉が出るなんて、一体誰に想像が出来ただろう。
 博士はふむと頷き、唐突な誘いの理由を語る。

「実はあの後、ミーアから言われてな。せっかくならデートに誘えと……半ば強引に」
「あ、そ、そうなんですね」

 そういうことか、と納得する。

「で、どうだ?」
「はい?」
「はい?じゃない。デートに行こうと言っている」
「あっ……」

 冗談とかではなく本気だったらしい。
 わたしはそれに、はいと答えた。

 館長の許可はすでに出ている。
 わたしたち二人は図書館の外に出た。
 そこで博士がぼそりと言う。

「さて、デートとは何をすればいいんだ?」
「えっ?」
「誘ったのは良いが、僕にはその経験がないからな。デートをしろと言われても、何をすればいいのかわからない。カリナは知っているか?」
「わ、わたしですか? ちょっ、ちょっとなら……」

 恋愛物のお話も読んでいるから、博士よりは知っている。
 とはいっても、わたしもデートなんてしたことがない。

「ならば教えてくれ。何をすればいい?」

 そんなのわたしに聞かれても……
 本音が口に出そうになったけど、何とか堪えて別の言葉を出す。

「と、とにかく歩きましょう」
「そうか」

 とりあえず、わたしが知る限りのデートを再現しよう。
 一緒に街を回って買い物をしたり、食事をしたり、後は何だろう?
 お互いの趣味とかに合わせて……なんて無理だ。
 博士の趣味に合わせたら、研究室へ逆戻りになる。

 二時間後――

 わたしたちは図書館近くの喫茶店で一服していた。

「ふむ、デートはよくわからないな」
「そ、そうですか」

 なんでわたしが博士を案内しているんだろう?
 誘われたのはこっちなのに。
 もう何だか疲れちゃったよ。

 疲れは感覚を麻痺させる。
 わたしは博士の顔を見て、疑問に感じたことを思い出す。
 それは聞きたいけど聞けなかった質問。

「博士は、わたしと本気で婚約するつもりなんですか?」
「そのつもりだが?」
「じゃあ……博士はわたしのこと、ど、どう思っているとか……」
「どう思っているか。色恋について経験がない、その辺りは自分でもよくわからん」

 博士は徐に空を見上げる。

「ただ……君といると落ち着く」

 博士がわたしに対して感じていること。
 口に出して聞いたのは、これが初めてかもしれない。

「なんというか、自分でも上手く説明できないのだがな。もし仮にそれが永遠に続くのだとしたら、君なら良いと思う」

 心が動く。
 胸の鼓動が強くなる。
 博士の気持ちを聞いて、わたしは答えを出せていない。
 
 言わなきゃ――今度こそ。

「わ、わたしは……」

 勇気を出して、今のわたしが言えることを。

「博士のこと……き、嫌いじゃないです」

 これが私の精一杯。
 自分でも頑張ったほうだと思う。

「そうか。なら良かった」

 そんなわたしを見て博士は、清々しく笑った。
 わたしはその顔に見惚れて……

「こ、婚約じゃなくて」
「ん?」
「その前の……恋人から始める。というのはどうでしょう?」
「ふっ、君がそれでいいなら、僕だってそれで構わないさ」

 紆余曲折はある。
 博士もわたしも、人付き合いは得意なほうじゃない。
 相手の気持ちを察するとか、空気を読むなんて出来ないと思う。
 でも、そんな二人だからこそ、通じ合うものがあったのかもしれない。
 未来は保証されていない。
 
 だからこそ、きっと――

 わたしたちの恋は、ここから始まる。
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