私だけを愛してくれますか?

母と一緒にお茶会に行く日、私は久しぶりに着物を身につけた。

まだ、暑さは残るが九月はもう立派な秋だ。

繊維問屋の娘としては、我慢して季節を感じられる着物を着ねばならぬ。

薄桃色の桔梗柄の訪問着は、母から譲り受けた物。

これも親孝行の一つと思ってがんばるか…

会場につくと、『お花とお茶の会』らしく、至る所にお花が活けてある。

母の活けたお花は、正面玄関の目立つところに展示されていた。

母の機嫌はみるみる急上昇だ。藤枝先生ありがとう。

「美織ちゃん、会場を回ってお花をみてきたら?」

知り合いと出会い、話し始めた母は、私をしばし解放してくれた。

『美織ちゃん』って。普段そんな風に呼ばないよね。人前で人格変わりすぎでしょ。

引きつりながらも笑顔で会釈し、涼しい館内へと足を踏み入れた。

涼しいー。生き返る。

どこかに座る場所はないかとキョロキョロしていると、「もしかして吉木さん?」と、呼び止められた。

上品な若草色の着物の女性、『いわくら』の志乃さんだ。

「志乃さん、こんにちは」

にこやかに挨拶を返すと、志乃さんは興奮気味に騒ぎ出した。

「本当に吉木さん?すごい、綺麗すぎます!」

キャーキャーと騒ぐ志乃さんを、隣にいた若旦那が慌てて止めた。

「志乃、声が大きい」

後ろから口をふさぐようにしているが、公衆の面前で妻を抱きしめる形になっていることに若旦那は気づいていないのだろうか。

「吉木さん、先だっては志乃が大変お世話になりました」

若旦那が頭を下げるので、覆いかぶさられた形で志乃さんも頭を下げる。

思わずクスっと笑ってしまった。相変わらずの仲良し夫婦で羨ましいことだ。

「とんでもない、こちらこそ急な出店を引き受けて下さり、本当にありがとうございました」

優しく微笑むと、若旦那は砕けた口調で話し出した。

「吉木さんは、織人の妹やったんやね。大(ひろむ)の奴が言わへんから、後から聞いてびっくりした」

ここからは、兄の友だちとして接していいということね。わかりやすく態度を変えてくれたので、こちらもやりやすい。

「私も、イベント後に皆さんと兄の関係性を聞きました。兄がいつもお世話になっております」

「吉木さんは美織さんという名前やったね。いつも織人から『妹の名前は美織です』って聞いてたのに、名前を聞いて思い浮かばなかったのが不思議や」

若旦那は照れたように頭を掻いた。

「志乃があのイベントで吉木さんの大ファンになってね。これからも織人の妹の美織ちゃんとして、志乃と仲よくしてもらえるとありがたい」

若旦那がおかしそうに志乃さんを見ながら言うと、隣で志乃さんが目を輝かせてコクコクと頷いた。

本当に可愛い人だ。

「ありがとうございます。志乃さん、これからもよろしくね」

にっこりと微笑みかけると、飛びつくように手を掴まれた。

「吉木さん、いや、美織さん。これからは美織姉さんとお呼びしてもいいですかっ?」

「い、いいですよ」

『美織姉さん』とはまた唐突な。でも、私には妹がいないので、ちょっと嬉しい。

志乃さんは、やっぱり副社長の奥さんに似てるかも。あの夜は遠目でしか見ていないが、雰囲気が似てる気がする。

胸の奥がチリっとするが、必死で考えないようにした。

「イベントの時は、仕事のできる女って感じでしたが、普段の美織姉さんは優しい雰囲気が最高ですね!」

こんなに褒めてもらえて嬉しいけど、私が今、どんなに志乃さんみたいになりたいと思っているか、気づいてないんだろうな。

「ありがとう」と返事をしながら、少し切ない気持ちになった。

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