求める眼差し ~鏡越しに見つめあう、彼と私の物語~
第三話

予約

 年末は、安定の怒涛の忙しさ。たくさんお金を落としてくれるのはありがたいけど。
 その忙しさのせいか、年々、身体に残る疲れが抜けなくなっている気がする。

「閉店時間まで、あと少しだから、がんばろっ!」

 そう声をかけるのは、店長。
 疲れで緊張がほどけた今ほど、ミスが起きてもおかしくない。
 こうして気合いいれてくれて助かった。 
 それにしても、そんな時間になっても、お客さんはなかなかひかない。

「ヨーコちゃんのケガ、早く治ってくれるといいんだけど」

 店長が心配そうに言っているヨーコちゃんは、彼氏とのデート中に、階段から落ちてケガをしたらしい。
 彼氏、しっかりしろよっ! と、思わず握りこぶしを作ってしまいそうになるのは、彼女がいないだけで、仕事のボリュームがめちゃくちゃ増えたせいだ。
 何気に、彼女の存在のありがたさを痛感するはめになったのは、よかったのか、悪かったのか。

「とりあえず、お正月には出てもらえそうだし、それまでは、ね」
『いらっしゃいませ~』

 商品の補充をしながら、元気に声をだしているバイトの貴和ちゃんの存在もありがたい。
 私も頑張らなくちゃ、と思っている時、見たくないものを、見てしまった。
 うちのショッピングセンターは、観光客も流れてくるせいもあって、カップルの比率も高い。ある意味、デートスポットともいえる。だから、仕方がないのかもしれないけど。

「ともくん、あそこのお店、見ていい?」
「ああ、いいよ」
「えへへ」

 うちの店の隣に入っていくカップル、男に人は、どう見ても黒川さんだ。
 彼女とデート、なの、かな。
 優しそうな笑顔は、美容室では見せないような顔で、あの人は、こんな顔もするんだって知ったけど、それはそれで、すごいショック。
 彼らが移動するのを目の端で追うけれど、気付かれたくなくて、事務スペースに逃げ込んだ。

 ――黒川さんの好みって、ああいう子なんだ。

 背が高くて、ロングの黒髪が艶々してる。
 目鼻が整ってて、モデルさんみたい。
 黒川さんと並んでも遜色なくて、お似合いだな。
 自分とは真逆なタイプの彼女に、思った以上に落ち込んだ私だった。



 年が明けても、客足は途切れない。
 ケガから復活したヨーコちゃんも含め、スタッフがフルで勤務することになった。
 正月休みが明けるまで、ほぼ毎日の勤務で、クタクタ。
 結局、黒川さんと彼女のことをすっかり忘れるくらい忙しくて、それはそれでありがたかった。

「まぁ、毎年そうだけど、なんでみんな買い物になんかくるんでしょうね。」

 ヨーコちゃんが、半分呆れた感じでつぶやくと、

「うちにとっては、ありがたいお客さんたちなんだから」

 苦笑いの店長。

「そうなんですけど。せっかくのお正月なんだから、家でのんびりすればいいのに」
「でも、最近のテレビのお正月番組、面白くないし、家にいても面白くないですよ?」

 なかなかシビアに言うのは貴和ちゃん。

「さっ、残ってる福袋、なんとか売っちゃいましょ!」

 そういいながら、フロアに出て声を出す店長。
 私たちも手に商品を持ちながら声を出した。



 お正月を過ぎると、次は節分とバレンタインディのディスプレイに変わる。
 地味な節分のグッズに比べると、バレンタインディの飾りの賑やかなこと。

「フッ。私には関係ないよね」

 遠い目をしてるのは、私だけ。
 店長は、よく来る宅配の筋肉くんに。
 貴和ちゃんは、同じ大学で同じショッピングセンターでバイトしてる子に。
 ヨーコさんは誰にあげるんだっけ?

 ……と、とりあえず、みんな本命らしき相手にプレゼントを用意するつもりらしい。

「ま、まだ先だしね」

 そう自分に言い訳しながら、大きなハートのクッションを補充する。

「あー、そろそろ前髪切ろうかな」

 目の上くらいまで伸びた髪をつまむ。

 ――それとも、あの子みたいに、髪を伸ばした方がいいかな。

 それでも私には、あんなストレートの黒髪にはならないのは、わかってる。
 少し茶色っぽい私の髪は、今くらいの短さがちょうどいい。
 明日は久しぶりの休みだ。午前中に予約して、気分転換に午後から買い物にでも行こう。
 指名で予約すると、たぶん、早くに終われない。

 ……それに、黒川さんで予約するのは、なんとなく気が引ける。

 結局、予約の電話をいれた時、「誰でもいいです。空いてる人で」と言ってしまった私だった。
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