求める眼差し ~鏡越しに見つめあう、彼と私の物語~

カット

「はい、お疲れ様でした」

 確かに、妄想しすぎて、疲れた。

「ふぅっ」

 体を起こしながら、思わず大きなため息。

「クスッ」

 黒川さんに笑われてしまった。
 妄想しすぎなんて、ばれたらもっと恥ずかしい。
 そんなことまで考えたら、自分でも耳まで赤くなってるのがわかるくらいに、体が熱くなった。

「大丈夫? だいぶ顔が赤いけど、熱でもあるかな」

 黒川さんが自然に手を額にあててきた。
 うわ、予想外の場所に手なんか触れたら……完全に固まる。

「……だいぶ、お疲れみたいだね。」

 苦笑いする黒川さん。
 
 ――疲れる原因はあなたです。

 とは、言えない。



 短い髪は、短い髪なりに、気になる部分がある。襟足とか。前髪とか。
 全体的なボリュームとか。
 けして細い毛ではないうえに、髪の量が多いから、気が付くと頭がぼわっと膨らんでる。襟足もいつのまにかに、ぼさぼさ。毎月行くのは、黒川さんに会いたいせいもあるけど、現実的にぼさぼさなのに我慢できないから。
 最近は、会いたい気持ちのほうが大きいけど。

「先にカットしますね」


 ハサミが小気味よく、髪を切っていく。
 真剣な眼差し。
 雑誌も読まずに、彼の手元を追っていく。
 私の視線に気づいていても、気にせずに動きを止めない。

「そういえばさ」

 シャキシャキ

「はい?」

 シャキシャキ

「杏子ちゃんは、髪伸ばさないの?」

 シャキシャキ

「んー、面倒くさいし、似合わないし」

 実際、肩くらいまで伸ばしたことはある。
 髪をアップにしてたこともある。
 でも、それはその時好きだった人が、長い髪を好きだったから。
 なぜだか、髪を長くすると、こんなに後ろ向きな性格だったっけ、と思うくらい、性格まで変わってしまうのだ。
 このままじゃだめだ、と思って、好きだった人の好みではなく、自分のために思い切って髪を切った。

 黒川さんにしてみれば、小学生時代の男の子ような髪型の私と、美容室で再会した時の、すでに髪が短い状態だった私しかしらない。

「一度、見てみたいね。短いのが似合うから、長いのもいけると思うけどなぁ」

 鏡越しの視線は、私の目を見てるというより、全体をチェックする視線。

「だったらウィッグでもつけますよ」

 苦笑いしながら答えると

「お、そうだね。それもいいかも」

 背後から、目の前に移動。前髪を切る。
 私は目を閉じ、彼の指先を感じる。
 シャンプーの時と同じように、一番、彼を近くに感じる瞬間。

 動きが止まったので、うっすら目を開ける。
 じーっと見つめる彼。
 前髪を見てたはずなのに、私とばっちり目があってしまった。
 こんなに顔を近くで見るなんて、思わず身をそらしてしまう。

「逃げない」

 クスッと笑いながら、ゆっくりと言う黒川さん。
 ああ、大人の余裕。黒川さんの苦笑いが、余計に私を引きつらせる。

「い、いや、近いです」

 かなり、嬉しいけど。
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