求める眼差し ~鏡越しに見つめあう、彼と私の物語~

ヘッドスパ

「乾かして整えるのは、ヘッドスパのあとね」

 くるりと私の椅子を回して、白いカットクロスをはずす。


 なぜだろう。今日は、疲れる。
 パワー充電するつもりできたのに、いつもと違う緊張感。
 妄想しすぎかな。そうなら、自業自得。
 今日は苦笑いばっかり浮かんでしまう。
 一緒にいる時間が、とても嬉しいはずなのに。



 ヘッドスパ専用のスペースに移動して、専用の椅子にゆったりと背を預ける。

「さて、じっくりいこうか」
「お願いします」

 いつもの優しい笑顔。なのに、目に感情がないように見えるのは気のせい?


 どこか懐かしい感じのハワイアンとともに、聞こえてくるさざ波のBGM。
 フルーティな甘いアロマオイルの香りが、スペースに充満する。
 彼の指先に力が入る。

「だいぶ固くなってるね」

 ……そうですか。
 返事のない私に、続けて優しい声で問いかけてくる。

「最近、忙しい?」
「……ですね」
「そうなんだ」
「……他にも……いろいろあって」
「ふぅん」

 首のこりをほぐし、肩へと大きな掌が動いていく。

 ――素直に気持ちいい。このまま寝てしまいそう。

「寝ていいんだよ」

 再び、優しい声が耳元で聞こえてくる。
 私の心の声が聞こえてるんだろうか?
 案の定、私はものの数秒で、暗闇に落ちていた。





 どれくらい寝てたのか。そんなたいした時間ではないと思う。
 でも、とてもスッキリしたのは確か。

「どう?」
「なんか、スッキリしました」
「ふふふ」

 黒川さんの意味深な笑顔。

「じゃあ、一度流してから、乾かして少し整えましょう」

 大きな鏡で自分の顔を見る。
 さっきよりも顔色がいいかも。マッサージのおかげかな。
 黒川さんの手は魔法の手じゃないか、と本気で思いそうだ。

「はい、お疲れ様でした」

 普段通りの笑顔。

「いい顔になったね」
「いつも思いますけど、黒川さんって、すごいですね」
「ふふふ」

 優しい笑顔のはずなのに、怪しい笑顔に見えるのは、なぜだろう?




「また来月、お待ちしてます」
「はい」

 会計を終えてドアを開けると、もう、外は暗くて、商店街の明かりがついている。
 家路を急ぐ人々が、流れていく。
 振り返ると、彼はまだ、ドアのところにいた。

「気を付けてね」

 その言葉に、ぺこりと頭を下げる。

 次に会えるのは、一か月先。今から待ち遠しい、と思ってしまう。
 襟足がスッキリしている私に、後ろ髪なんてないけど、黒川さんへの惹かれる想いに、足取りはけして軽くはなかった。
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