月下の少女

「それが、春陽の望みなのか?」


「うん。」


「望まないお前が望むことを俺は裏切れないな…。」


何かひとつでも望みを叶えてやれるなら、俺はそうするしか春陽を笑顔にできる方法を見つけられなかった。


情けないな…。


「約束…な。」


「うん、約束…。」


春陽が差し出した小指に俺の小指を絡める。


その手は冷たくて、か弱く感じた。


こんなに小さい手で喧嘩してるんだな。


「春陽って大人びてるくせに、こういうことするんだな。」


「え?」


「指切りげんまん。俺小学生以来だぞ?」


「ヘヘヘッ…。でも、私は初めてやった。」


初めての指切り。


その初めてを俺が。


少し恥ずかしげに微笑む彼女の顔に、その後一筋の涙が流れた。


「泣くな。安心しろ。昼間は俺が街を守ってやる。」


なんの涙なのか、そんなことはどうでもいい。


ただ、守ってやりたい。


街も春陽も、春陽の笑顔も。


席から立ち、春陽の体をそっと抱き寄せた。


「大丈夫だ。春陽は大丈夫だ。」


そっと抱きしめた体は少し震えていて、どんなに勇気をだして打ち明けてくれたのかを思い知らされる。


「うん。ありがとう…。昼間は任せた…。」


少しだけ俺に擦り寄ってきた春陽は、さっきより暖かく、俺は抱きしめる手を少し強めた。


大切な人が腕の中にいる。


そう思うと少し顔が火照るのを感じた。


この腕の中の小さな存在を守り抜く。


そう心に決めて、そっとその体を離した。


心做しか春陽の顔も火照っており、思わず顔を背けた。



その後、公弥さんの視線が目に入り、何となく気まずい空気になったが、その場はお開きとなり騒がしい心臓を抑えて、俺はそのまま明日に備えるために倉庫に戻った。


俺が店を出るタイミングで、公弥さんも店仕舞いを済ませて俺と一緒に店を出た。


「公弥さん。ひとつ、いいですか?」


「なんだ?」


「明日、春陽は多分無茶すると思います。もしそうなったら春陽を止めてください。」


「わかった。その代わり、守れよ。」


「はい。」


それだけの短い会話を後に、無言でそれぞれの帰路に着いた。



< 80 / 110 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop