奏でる愛は憎しみを超えて ~二度と顔を見せるなと言われたのに愛されています~
午後になって、脱水症の症状は改善されたからと点滴の針は外された。
薬が良く効いて血圧が安定してくると、気分も落ちついてきた。
超音波検査で赤ちゃんにも何も心配はないと言われホッとした。
今の梨音には、この子だけが支えなのだ。
安心したとたん気が抜けてしまった梨音は、個室のベッドからぼんやりと空を眺めていた。
(ここから湘南は遠いのかなあ)
本当なら、今頃は湘南の奈美の祖母に家にいたはずだ。
梨音の暗い気持ちとは裏腹に、お腹の赤ちゃんはご機嫌なのかポコポコとよく動いている。
(元気な赤ちゃんを産むのが一番大事)
この数カ月、この言葉だけを何度も何度も自分に言いきかせていた。
これからどうすればいいか考えようと思いながら、全身の気だるさには勝てなかった。
そんな時、「お見舞いの方が見えています」と看護師が見舞客を案内してきた。
病室に入ってきたのは奏の母、敦子だった。
「お久しぶり、梨音さん」
最後にあった頃より心なしか敦子は痩せて、視線が定まらないキツイ目をしている。
「敦子先生」
看護師が病室から出て行くと、敦子が梨音に厳しい声を掛けてきた。
「いったい、何を考えているの?」
「え?」
「お腹の子は、どっちの子なのかしら」
「そんな!」
いきなり敦子から信じられないことを言われて、梨音は絶句した。
「よりによって兄と義弟を手玉に取るなんて……あなたって、可愛い顔をして恐ろしい人ね」
「私、そんなことしていません!」