奏でる愛は憎しみを超えて ~二度と顔を見せるなと言われたのに愛されています~
梨音が反論はするのはわかっていたのか、敦子はたたみかける。
「小切手を渡したでしょ。それとも、もっとお金が欲しいのかしら?」
「そんなもの、受け取ってません! あれは、先生が仕組んだ茶番劇じゃないですか」
梨音が京太から聞いた通りを言うと、敦子は少し怯んだ。
「そう……京太から聞いてるのね。なら、話が早いわ。いくらでもあげるから、間野家とこれ以上関わらないでちょうだい」
「敦子先生……」
目の前にいるのは、心から尊敬して師事した人だ。
だが、産みの母親以上に梨音とその才能を愛してくれた人は別人に変わっていた。
「奏には、私が相応しい方を見つけました。子どもができたからって、あなたの居場所は間野家にはありません」
「わかっています」
冷静に敦子の言葉を聞くことができたのは、奈美があの雑誌を見せてくれていたおかげだ。
「さっさと退院して、奏の前から消えて頂戴。二度と息子に顔を見せないで!」
そのまま、踵を返して敦子は病室から出て行った。
今の敦子は、梨音の才能を認めてくれて優しく指導してくれた音楽家ではない。
冷たい目で梨音を見下し、息子を誑かすお金目当ての女だと蔑む母親だ。
自分もお腹の赤ちゃんも、敦子の人生には邪魔なのだろう。
だが、どんなに侮辱されても梨音にとって敦子は『音楽』の道を与えてくれた人、愛する人の母親だ。
人が変わってしまったような敦子を梨音はどうしても憎めなかった。