奏でる愛は憎しみを超えて ~二度と顔を見せるなと言われたのに愛されています~


***


梨音が中学生になった頃から、父の満彦は夜遅くまで働くようになっていた。
ピアノのレッスンを頑張る梨音の姿を見て仕事を増やしていたのだ。

彼は一度事業に失敗したとはいえ、昔気質の真面目な人物だ。
昔のような贅沢な暮らしはできなくても、間野家の世話にならずに梨音を自分の力で音楽大学に進学させてやりたいと考えていた。

「梨音が頑張ってるから、父さんもやる気がでるんだ」
「お父さん、無理しないでね」

父と娘は助け合って暮らしている。
母がいないから、父はそのかわりになるよう優しかったし、梨音もピアノを弾く以外の時間は家事をこなした。

「間野家へのお迎えには行けないが、夜は気をつけて帰るんだぞ」

満彦は父親として、夜の迎えに行けないのが心配らしい。

「はい。あの辺りはお屋敷も多いし安全だよ」

間野家の周辺は夜は人通りが少なくて怖いと思ったが、梨音は口にしなかった。
自分のために働いてくれている父親に、心配かけたくなかったのだ。

夜8時過ぎると、豪邸が多い間野家の辺りはシンと静まり返る。
梨音は大通りに出るまではひたすら走るようにしていた。
角のコンビニまで『体力をつけるため』と自分に言い聞かせて夜道を駆けていた。
 
その夜も、梨音は軽く息を切らせながら走っていた。

(大丈夫、大丈夫)

人通りがほとんどない道を通は少し怖かったが、梨音は呪文のように唱えていた。





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