奏でる愛は憎しみを超えて ~二度と顔を見せるなと言われたのに愛されています~


『日暮亭』では新規の客が増え、ランチタイムもティータイムも狭い店内は満席になり始めた。
するとあっという間にネットで若い人たちに店の名が広まり、日によっては行列が出来るまでになった。

「いらっしゃいませ」

章子の洋食と、敏弘の美味しいコーヒーやケーキのセットも好評だ。
ふたりの腕がいいのはもちろんだが、近くのサラリーマンや学生からは梨音の丁寧な接客が人気を呼んでいた。

(音楽を離れても、生きていける)

少しずつ、梨音は自信を取り戻していた。

(奏さんから離れても、生きていける)

幼い頃から音楽一筋だったし、奏と暮らし始めてからは周りからは隔離されて純粋培養されていたようなものだ

(私は、ひとりでも大丈夫)

なにもかも失ったと思った日から少しずつ立ち直り、梨音は前を向き始めていた。



***



店で生き生きと働く梨音を見て、章子はホッとしていた。
寒い日にポツンと店の片隅に座って泣いていた姿はもうどこにもない。

思いっきり泣いてから、梨音は別れた相手のことはひと言も話さなかった。
それだけ心の傷が深いのだろうと章子は思っている

(梨音ちゃんが笑っているだけで、周りも温かくなるんだよ)

章子は、梨音が二度と酷い男に引っかからないようにしなくてはと思っている。

(こんな優しい子が、あんな悲しい涙を流さないようにしなくちゃ)

梨音の周りに目を光らせようと心に決めていた。





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