白鳥とアプリコット・ムーン ~怪盗妻は憲兵団長に二度娶られる~
ローザベルとウィルバーと燃え上がる夜

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 ウィルバーが知る古代魔術の知識は微々たるものだ。近代化したアルヴスでは魔法はすでに絶滅しており、馬車ではなく鉄でできた車が走り、おおきな蒸気船が海を越え、電力によって明かりが灯り、戦でも剣ではなく銃を扱うようになっていた。
 めまぐるしい技術改革、産業革命が起こったことで鉄鉱石をはじめとした資源は枯渇、領土をめぐる争いは激化……ウィルバーの母国グランスピカもスワンレイクの一族が亡命したこともあり、ウィルバーが新大陸へ渡って一年もしないうちに地図から名前を消していた。いまあの場所がどうなっているかはわからない。

 新大陸、と名付けられているとはいえラーウスには魔法が残っていた。妻のローザベルは精霊のちからを借りて光を生みだしたり、風を操ったりすることができる。ふだんは驚かれるからと必要最低限しかつかわない古代魔術の数々は手品のようで、ウィルバーの胸をときめかせた。
 魔女の娘などと称されていたノーザンクロスの姫君だが、魔女というより妖精に近い気がしてくる。
 いまも花の離宮に付随する神殿跡地に足を踏み入れて、無邪気に誰が眠っているのかもわからない聖棺の蓋に頬を寄せている。
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