なぜ婚約者なのか説明書の提出を求む

バーで

「もう着いてるよ」

「あ、はい」

 エレベーターから降りてバーに向かう。

「カウンターじゃない方が良いな」

「そうですね」

 玲於奈さんは奥のボックス席に歩いて行く。仕方なく私も後に従う。

「いらっしゃいませ。ご注文はどういたしましょう?」

「僕はダイキリを。君は酒は飲んでもいいのか?」

「大丈夫です。ミモザをお願いします」

「かしこまりました」

「ご両親に病気の事は?」

「言ってません」

「そうだな。そんな事が分かったら名古屋に連れ戻されるだろうな?」

「何が言いたいんですか?」

「これは提案だ。病気の事をご両親に話さない代わりに美容師は辞めてもらう」

「はぁ? 何の権利があってそんな事を言うんですか?」

「立ち仕事は良くないと医者も言っていた」

「お店を辞めたらマンションに居られません。結局、帰らなければならなくなります…
…」

「僕の秘書になれ。住む所も心配ない」

「はぁ? 秘書検定は持ってますけど実務経験はありません」

「それで良い。僕には優秀な男性秘書が居る。君は部屋に居てくれるだけで良い」

「はぁ? 何ですかそれ」

「まぁ、コーヒーを入れて貰ったりコピーを取って貰うくらいかな?」

「それ、私を馬鹿にしてませんか?」

「いや。大切にしてるつもりだが」

「貴方に大切にされる理由が分かりません」

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