なぜ婚約者なのか説明書の提出を求む
 スーパーで買い物して外に出たら、七時を過ぎていた。

 初夏の今頃はまだ暗くはないから安心して歩いて帰る。
 ちょっと買い過ぎたかなと思わなくもないけど、仕事帰りに買い物に行く余力は私にはないから……。

 
 立派なマンションが建ち並ぶ道を歩いていると

「茉帆ちゃん?」
と声を掛けられる。

「えっ?」
また秋川さんだ……。

「スーパーで買い物?」

「あぁ、はい」
何でこんなによく会うんだろう……。

 きょう二回目だよ。
出来れば遭遇したくないタイプなんだけどな……。

「僕のマンション、ここなんだよ」

「えっ? あっ、そうですか……」
だから何か?

「この近くに住んでるの?」

「えぇ、まあ……」

「そうなんだ。ご近所さんなんだね」

 そう言われても嬉しくもないけど……。

「良かったら寄っていかない?」

「あっ、いえ。牛乳とかお肉とかも買ったので帰ります」

「そっか。残念」

「じゃあ失礼します」

「ちょっと待って。僕の部屋、405号室なんだ。いつでも良いから遊びに来てよ」

「あぁ。でも私、仕事も遅くなるし、土日は仕事ですし、寄らせて貰う時間が……」

「だから、いつでも良いよ。きょうは定休日かな? 僕が帰るまで部屋で待っててくれても良いし」

「はぁ? でも……」

「これ僕の部屋の鍵だから。本当にいつでも良いからね」

「えっ? ちょっと待ってください……」

「ちゃんと掃除もしておくから」

 いや。そう言う事じゃなくて……。

 秋川さんは私のバッグに鍵を放り込んで、さっさとマンションに入って行った。

 はぁ? どういう事? 何で鍵なんて預からなきゃいけないのよ。

 何、勝手な事してる訳?

 いや。でもここで追い掛けて部屋に入るなんて冗談じゃない。

 あぁ。牛乳……。ヨーグルトになる前に帰ろう。


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