煙。

 随分昔の事なのに、妙に色濃く残る記憶がある。
断片的だが一つ一つが鮮明。そこには、線香の煙と共に漂う何ともいえぬ異臭があった。
薄暗い部屋の壁面には鉄の扉が埋め込んであり、その重たげな扉が開くと‥ぽっかりと口を開けて待ち構える炉があった。覗き込むと‥酷く狭くて息苦しくなった。ゆるりと‥真新しい棺が入ってゆく後ろ姿が哀しかった。あんな‥暗くて寂しい空洞が肉体の終着駅だなんて嫌だ、と思った。 その時感じた強い圧迫感が今も尚、死のイメージと重なり、悪夢となり、時に襲い掛かってくる。幼いながらも私は、扉の向こう側の自分を想像していたらしい。
やがて、ゴトンという鈍い音と共に扉は閉じられた。当時、事務的に動く職員の態度は冷淡に映った。が、きっと彼ら無しでは、あの隔絶の扉は永遠に閉じられないのかも知れない。


再び扉が開かれ目の前に現れたのは、感情の無い燻る骨だった。そして、あの異臭が一層立ち込め鼻孔をついた。
 あの光景を見せつけられてしまっては‥納得しない訳にはゆかないのだろう。
─永遠の別れを。


 帰り際、見上げた空に浮かぶ古びた煙突からは薄い煙が立ち上っていった。青い空にすうっと同化されるような、薄い薄い白色だった。


 必ずや訪れる将来、果たしてこの私は、あの空洞を、この執着した肉体を、するりと上手く脱け出して‥天高く昇ってゆけるだろうか‥

などと、青空に向かって紫煙を吐きながらふと思う。
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