仮面の貴公子は不器用令嬢に愛を乞う
しまいにはフローラの心情まで勝手に推し量って言ってくるから堪ったものじゃない。
「フローラはきっと不満に思ってるはずだ。せっかく両想いになったのにキスもしないなんてお前の気持ちを疑うぞ?」
「ふ、フローラがそんなはしたないこと思うわけないじゃないですか」
「どうだかな?女性とて好きな男と触れ合いたいと思うのは当然だと思うが?」
「う……」
そうだったらうれしいと素直に思うと、思わず照れて言葉を失ってしまった。
素顔も見せてくれない男にフローラは触れ合いたいと思っているのだろうか?
ただ怖がらせてしまう気がして、素顔を見たときに後悔されたくなくて勇気が出ない。
「溺愛したくて仕方ないくせに。秘密を抱えているから悩む羽目になるのだ。臆さずすべてを曝け出せ! フローラはきっと、いや絶対受け入れてくれる」
何の根拠もないというのに自信満々な皇帝に眉を顰めるも、本当はフローラに触れたいし、抱きしめたい。心行くまで愛したいと心の欲求が膨れ上がる。
「本当はユーリスだってフローラとキスしたいだろう? 好きな女性を前にしてキスしたくないとは言わせないぞ?」
「そりゃあ、もちろん……」
思わず答えてしまって恥ずかしい。
キ〜ス!キ〜ス!とひとりうるさい皇帝を無視しつつ、この事件が片付いた頃にでも……と浮かれた考えをしていたときに予想だにせず皇妃がフローラを引き連れて来てしまって思わず動揺してしまった。
心の準備が伴わないうちだったので不安が勝ってよそよそしい態度になってしまった。
しかしアーゲイド男爵の心配する声に冷や水を浴びせられたように冷静になると、今ここでフローラを手放さなければ彼女を危険に曝すと思い止まった。
彼女が平和で幸せにしてくれていたら例え自分の側でその笑顔が見られなくてもいい。
この選択は間違っていないはず。
なのに胸がぎしぎしと軋んだように痛んで自分の決断を否定してくる。
心はフローラを求めているとまざまざと思い知らされ、ため息ばかりがついて出る。

私室で考え事をしていたら外はもう夜の帳が下りていた。
フローラはとうに帰っただろう。
虚しい風が心の隙間を通っていった。

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