仮面の貴公子は不器用令嬢に愛を乞う
恐れ多くも皇帝が娘を宥めているのを見て男爵は汗が止まらない。
「あの、陛下。私からもヒルト伯爵にはお詫び申し上げます。それで、こうなった以上婚約も解消となるでしょうし、私どもは早々にお暇させていただきます」
フローラがヒルト家に婚約者として滞在してる間、客人として男爵はこの宮殿に住まわせてもらっている。それだけでも恐れ多いのだが、社交シーズンはまだ半ばだが婚約解消となれば滞在している理由がない。
皇帝にこれ以上迷惑はかけられないし、傷心のフローラを早く地元に帰してこのことを忘れさせてやりたいとも思う。
汗を拭き拭き男爵は皇帝の返事を待つ。
「まあ、待ちなさい。ユーリスにもことと次第を聞いてからにしよう。せっかくお似合いだと思っていたふたりが仲違いしたまま別れてしまっては後悔する」
「ですが、陛下……」
心配そうな男爵を見た皇帝はフローラに視線を移し彼女の顔をのぞき込むように聞いた。
「フローラは、ユーリスのことが嫌いになったか?」
「いいえ嫌いになんてなれません。ユーリスさまは優しくて素敵な方です」
フローラの真っ直ぐと見上げてくる瞳には嘘偽りなく真剣な想いが見えた。
「では好きか?」
「えっ!?あの、その……」
皇帝のストレートな質問に動揺したフローラは顔を真っ赤にして言葉に詰まる。
そのもじもじといじらいい姿に頬を緩めた皇帝は何としてもふたりを仲直りさせねばと思う。
「アーゲイド男爵、悪いようにはしないからもう少し宮殿生活を満喫するといい」
「はあ」
にやりと笑った皇帝に男爵は汗を拭き拭きぎこちなく頷くしかないのであった。

< 86 / 202 >

この作品をシェア

pagetop