誘惑の延長線上、君を囲う。
【番外編】幸福感(side:郁弥)
一月中旬、新規店舗のオープンに伴い、予定通りに琴葉と二人での出張。打ち合わせ等々があり、当初の予定よりも終わる時刻が遅くなりそうだったので、当日はビジネスホテルを予約し、温泉へは翌日の土曜日に宿泊する事になった。

「お刺身に牛タン!そして地酒!」

豪華な料理を前にして、地酒の日本酒を片手に持ちながら目を輝かせて琴葉は喜んでいる。クリスマスに高級ホテルに宿泊したばかりだが、遠出する機会も中々無いので良しとする。

「飲みやすくて美味しい。日下部君もビールを飲み終えたら、コレ飲んでみて」

琴葉は上機嫌で俺に日本酒を薦めてくる。昨日は二人で共に疲れ果てて、仕事帰りに居酒屋に寄ったけれど、二杯ずつしか飲まずにホテルに向かった。シャワーを浴びて倒れ込むように寝てしまった。車で宮城まで向かう為、朝がかなり早かったのも原因かもしれない……。

「うん、今、少し貰っても良い?」

「はい、どうぞ」

日本酒が入ったグラスを俺に差し出す。一口、口に含むと……、フルーティーな感じがして飲みやすい。

「確かに美味しいけど……」

「けど?」

「美味しいけど、このまま飲み続けたら、琴葉と露天風呂入れなくなるからやめとく……」

俺よりも断然、琴葉の方が酒に強い。同じペースで日本酒を飲んだら、間違えなく俺は潰されてしまう。琴葉と一緒に温泉でのんびりする為に、露天風呂付き客室を予約したのだから先に潰れてしまう訳にはいかない。

「……分かった」

いつもならば、琴葉ははぐらかしたりするはずなのに、今日はやけに素直だ。

今日はビジネスホテルでチェックアウトの時間ギリギリまで二人で寝てしまい、朝食と昼食で一食になった。その後は周辺を観光してから、旅館に向かう。チェックインをしてからも旅館の外に出て観光に夢中になっていたら、夕食の予約時間が近づいたので慌てて戻る。夕食前にまずは大浴場に入ろうと言っていたのに、入る時間は無かった。
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