誘惑の延長線上、君を囲う。
「……何ですぐに乗らなかったんだよ?」

「何でって……、日下部君に迎えに来て貰う理由なんてないもの」

「雨が酷いから迎えに来たんだろ?……可愛げがねーな」

せっかく迎えに来てくれたのに私の態度は最低だった。迎えに来てくれた事が嬉しくて堪らないくせに、先程の秋葉さんが助手席に乗っていた事を思い出してしまい、素直に受け止められなかった。

「可愛げがないのは前からです!」

可愛げがなくて悪かったわね!30歳にもなれば、人格形成は出来上がっているから変わる事なんて無理だから。

「……機嫌悪そうだけど何かあったのか?」

「わ、私だって色々あるの!日下部君には"一生"気付けない事だから」

「もしかして、連絡もなしに社員達を連れて行ったからか?」

「ち、違うよ。そんな事じゃない」

「じゃあ何で?」

ついうっかり、売り言葉に買い言葉で放った言葉が自分を苦しめている。日下部君が執拗に聞いて来る。

「何でって言われても……私だって人間だから、些細な事で面白くなかったり、悲しかったりするんだよ。誰にも言いたくない事だってあるんだから、もう放っておいて!」

「分かった、……じゃあ、委員長の気が済むまで今日は飲もう」

「え……?」

「ストレス溜まってそうだから」

「明日も仕事だから嫌だよ、雨も酷いし……」

「少しだけならどう?」

「少しだけなら……いいよ」

信号待ちの時、日下部君に流し目で強引に誘われたら、私は断れない。心臓がバクバクと音を立てているが、雨の音とワイパーの音でかき消されている。夜の車内は暗いから、私の顔が真っ赤なのを気付かれなくてホッとした。

駅前のコインパーキングに車を停めて、居酒屋に向かう。相変わらず、雨は酷くて止む気配はない。居酒屋は降りしきる雨のお陰か、空いていて、小さな個室に通された。
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