誘惑の延長線上、君を囲う。
「な、何でタクシーから降りたんだよ?」

「わ、分からないけど……日下部君、傘持ってないでしょ?……って、あれ?私の傘、どこに置き忘れちゃったんだろう?」

「……傘忘れたら意味ないじゃん」

衝撃的な私の行動に驚いていた日下部君も次第に笑みが零れた。傘は多分、電車の中かもしれない。座っていたのが一番端だったので、電車と椅子の部分を繋いでいるステンレスの部分に傘の柄をかけていたのだ。そこに置いてきたような気がする……。

「あ、でもね、折り畳み傘があるの。これを日下部君に貸してあげる」

バッグの中から折り畳み傘を取り出して、日下部君に手渡す。

「明日も仕事だから早く帰りたいって言ってたけど、本当はまだ帰りたくないの?」

無理矢理に手の内に収められた折り畳み傘を持ちつつ、日下部君は呆れ顔で言った。

「……分からない。だって、帰っても一人だもん」

「だったら、……俺んち、来る?もう遅いし、泊まってけよ。俺はソファーで寝るから。まぁ、無理にとは言わないけどな……」

私は日下部君から誘われるとは思わずに目を丸くした。返答に困り、数秒後に首を縦に振る。私の反応を見てから折り畳み傘は再び私のバッグの隙間から返された。日下部君は前髪をかきあげて、私の右手を左手で包む。

なにこれ、何コレ??手を繋がれてる??本物のカレカノみたいだわ。年甲斐もなく、ドキドキしちゃう。
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