誘惑の延長線上、君を囲う。
付き合いたての頃は盛り上がっていたのもあって、お互いに連絡も密にしていたけれど、何ヶ月かすれば、私の方から冷めてしまっていた。連絡をする回数も減り、次第に疎遠になって行く。いや、気持ちが冷め始めていたからこそ、仕事に託けて忙しい振りをして、自分から疎遠になって行ったと言う方が正しいのだろう。

ふとした瞬間に思い出すのは、いつも日下部君だった。青春時代の面影が私の脳内から消えてはくれずに存在し続けてしまう。夢にまで出て来た事もある。そんな事は恥ずかしい事なので誰にも言った事はないが、日下部君の夢を見た日は普段以上に仕事に身に入る。

手が届く距離に居るのに簡単には手に入らない。日下部君が欲しいと言う欲だけが湧き出てくる。

「泣き止んで。委員長はいつも笑ってなきゃ」

日下部君はウィスキーを一口、口に含み、テーブルにコツンと頭を乗せた。そっと私の方に手を伸ばし、涙で濡れている頬を拭う。

今だかつて、日下部君に頬を触れられた事などない。酔いが回っていない私は、指の感触が頬に残っていて、心臓が破裂するかと思った。酔っていれば、こんな些細な事、ここまで気に止めなかったのだろう。まるで、青春時代の青臭い自分が舞い戻ったのかのようにドキドキが止まらなかった。

私は触れられた部分を右手で確かめてから、シャンパンを一気飲みした。これ以上、素面で居たら、日下部君に太刀打ち出来ない。お代わりはシャンパンよりも強めなカクテルを注文し、大きめな一口を流し込む。
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