愛を知らない操り人形と、嘘つきな神様

 でも俺は、それでいいと思ってた。
 母さんと過ごす日々を、幸せだと思っていたから。

 母さんは凄く優しい人だった。いつも笑って俺を甘やかしてくれて、好きなモノを買ってくれて、俺が落ち込んでると、元気になるまで頭を撫でてくれた。俺はそんな母さんとの日々が、ずっとずっと続くと思っていた。でも、その日常は突然壊された。

 小学校の卒業式の日、母さんはなぜか卒業式を見に来てくれなかった。前日の日には必ず見に行くと言って、笑ってスーツを探していたのに。

 俺が重い足取りで家に帰ると、母さんは家のリビングで、ナイフを胸に刺されて倒れていた。洒落たスーツに身を包んで。

 俺はそれを見て猛烈な吐き気に襲われて、思わずトイレに駆けこんで思いっきりものを吐いた。酷い絶望が頭を支配して吐いても吐いても吐き気は収まらなかった。胃液しかでてこないくらい吐いてから覚束ない足取りでリビングに戻ると、そこには父さんがいた。

 ――俺はその時に見た父さんの姿を今でも忘れられない。

 父さんは床に零れていた母さんの血を平然と拭いていた。母さんの死に狼狽えもしなければ、泣きもしないで。

「父さん……何してんの?」
 俺は父さんの行動が信じられなくて、思わずそう尋ねてしまった。
「零次、帰ってたのか。何って床を拭いてるんだよ。汚れたら綺麗にしないとだろ?」
「そうじゃなくて! なんで母さんが死んだのに、普通に掃除なんかしてんの?」
「――俺が殺したからだ」
 酷い絶望を突きつけられた。
「なんで……どうしてそんなこと」
「お前のことで喧嘩になってやってしまったんだ。殺すつもりはなかったんだが、コイツが『零次を幸せにするためなら、私は何でもする! 貴方なんか怖くない!』って言ってナイフを突きつけてきたもんだから、ついな」
 言葉を失った。父さんが言ったことが余りに信じられなくて。

 父さんが機嫌を損ねて母さんと喧嘩をするくらいならまだ分かった。そんなのよくあることだし。でもそれで殺したなんてあまりに勝手すぎるし、俺の気持ちを少しも考えてないと思った。 
 多分母さんがナイフを出したのは、父さんをひるませようとしただけで、きっと父さんを殺すつもりなんか微塵もなかった。それなのに、父さんはそう解釈しないで、ナイフを奪い取って母さんを殺した。

< 107 / 158 >

この作品をシェア

pagetop