愛を知らない操り人形と、嘘つきな神様
実際、悲しんでいるのだろう。
実の子供が死ぬのなんて、とても嫌だと思っているのだろう。
でも母さんのその想いは、愛じゃない。そうじゃなきゃ俺の虐待を見て見ぬ振りするはずがない。
――残酷なんだ、俺の母さんは。
「……嫌だ。どうしても止めるっていうなら、無理にでも出てくから」
俺は母さんの手を振りほどいた。
靴箱から、真っ白な自分の靴を取る。
可笑しい。昨日零次と遊んだ時から履いてたやつだから、こんなに綺麗なわけがないのに。父さんが洗ったのか? 誰かに虐待がバレるのを懸念して。
「海里! 海里は、お母さんを見捨てるの? あんな人と二人きりになるお母さんが可哀想だとか、少しでも思わないの?」
母さんがかがんで靴を履いてる俺を背中から抱きしめる。
「じゃあ母さんは思わなかったの? 殴られたり骨を折られたりする俺を見て、可哀想だと思わなかったの? 母さんは俺が助けてって言わなかったから、俺を助けなかったの? 俺が大事だって言うなら、心の中くらい察しろよ!」
声が枯れる勢いで、俺は叫んだ。
酷い虐待をずっと見て見ぬふりしてたクセに。それなのに今更見捨てるのなんて言ってくんじゃねぇよ! 俺を見捨てたのはアンタだろうが! 金を払うのが嫌だからってただ怪我の手当てすることや、ご飯を作ることだけやって、俺を本気で救おうともしなかったのは、アンタだろうが! それで一緒にいるなんて言うわけないだろ!
別に心のうちを全部察して欲しいなんて思わない。でも、言わなくても少しくらい気づいてほしかった。逃げようって言って欲しかった。
「……海里、ごめん、ごめんなさい」
母さんが涙を流して俺に赦しをこう。
「謝るくらいなら、最期くらいちゃんと送り出して」
「海里、せめてこれ、受け取ってくれない?」
母さんが寝巻きのポケットから財布を取り出す。
「なんで財布がポケットに入ってんの」
「お父さんがお金盗みに来たりとかした時のため。女の人は基本、ポケットに財布を入れないことが多いから、ここなら盗まれないと思ったの」
「ふーん」
受けとって財布を開けてみると、三万円が入っていた。
「なんでこんなに」
こんな大金もらったこともなかったからびっくりした。
「自殺に失敗したら、そのお金で帰ってきて。それくらいあれば、電車にもタクシーにも乗れるし、ご飯だって食べれるでしょ」
「考えとく」
俺はそうそっけなく言って、財布をジャンバーのポケットに入れて、家を出た。
考えとくなんて、大嘘もいいところだ。家になんて戻ってくる訳がない。でもそれを言ったら、また泣かれるかもしれないし。好きだった人の涙はもう見たくない。見たら同情してしまいそうだから。
「海里、海里、海里っ!!!」
ドア越しから聞こえた母さんの声は、悲鳴に近かった。無視して走った。振り返ったら、地獄に帰る羽目になるとわかっていたから。
そうして、俺はその日家族を捨てた。愛なんて微塵もない形だけの家族ごっこから、さよならを告げだんだ。