私の婚約者には好きな人がいる
「そんな顔で見られたら止められなくなる―――」
惟月さんは唇を首に這わせ、胸元のボタンを一つずつ器用に外していく。
胸が苦しいほどに緊張して、身を強張らせていると、シャツの隙間から手が滑り込み、胸に触れた。

「んっ、ふ」

声を出す前に唇を塞がれ、舌が絡めとられ、意味のある言葉はなにも紡ぐことができなかった。
体を優しく倒されると、耳元に熱い息が吹きかかり、ぞくりと肌が粟立った。
耳元に蕩けたような甘い声が囁かれた。

「ずっとそばにいてくれ」

懇願に近いその声に私は惟月さんの体を抱き締めて答えた。

「私はずっとそばにいます」

惟月さんの涙が私の胸に落ちて彼の孤独の深さを知った。
この部屋には一人分しかなかった。
なにもかも。
誰かをそばにおけば、一人になった時の辛さを知っているから。
お母様に置いていかれたことがずっと惟月さんの心に残り、深い傷を作っていたのだろう。
そして、中井さんが去ったことで、その傷はさらに深くなった。
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