おもいでにかわるまで
そして順番が来たので乗車して向かい合わせに座りお喋りをした。

「カエルいらなかった?」

「あ、いえ、そういうわけではないんですけど・・・。」

どういう事だったのか明人がもう少し尋ねると、並んでいる間に女の子にずっとカエルの足を引っ張られていて、その行動があまりにも可愛いかったので体が勝手に動いてついカエルを差し出したとの事だった。

何それ。と呆れながらも水樹の世界観に入り込んでいく。ずれていても優しくて、明人にとってはその女の子よりも水樹の方がずっと可愛いくてたまらない。

「またいつか俺が取ってあげる。」

「ほんとですかっ。嬉しいです。ありがとう。それにしてもライトアップされて凄くキレイですね。」

「うん。」

観覧車も4分の1進んだ所で明人は聞いた。

「そろそろこっち来なくていいの?」

「へっ!?や、あ、いえ、このままでいいですいいです。」

「さっき言ってた事と違うじゃん。」

「あは。私そんな変な事言ってましたっけ?」

「じゃあもう知らない・・・。」

明人はプイッと体ごとソッポを向いて、肘をつき下の景色を眺めた。なんていうのは演技で、もう少ししたら水樹の方を向いて、それから素直じゃなかった仕返しをするつもりだ。

ギッ。

音がした。明人は心臓をドクっと大きく揺らした。

「来た・・・。」

と言いながら水樹は明人を後ろから抱き締めた。

あっと思ってももう間に合わない。触れる部分全部が女の子で、明人から抱き締める時は彼女の柔らかい箇所に自分の腕が当たらないように意識しているのに、なのに今はどこにその意識を飛ばせばいいのかわからなくて明人は焦り、そしてこんな風に時々浴びせる不意打ちに益々いいように振り回される。

二人共何も言わない。でももうすぐ頂上に着く。

「大好き・・・。」

明人がはっと痺れても、でも愛してるなんてクサい文句は言いたくなかった。そんな皆が使う共通の言葉じゃ自分の気持ちは表せられない。

「キスしてよ・・・。」

観覧車が頂上に達し、星空と言うにはまだ早い夏の空には重なり合う二人のシルエットだけが浮かび上がった。

今二人の歯車は0、1mmの遊びもなくぎっちりと噛み合い微量の圧力を受けながらお互いを作用させている。それはこの時代のせいであり、特別な年齢のせいであり、季節、本能、風、全ての細かい要素が緻密に結合しあって異常で異様な今をつくり出す。

でもそんな理屈どうだっていい。

明人は水樹を愛してる。あなたをどうしても愛してる。
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