溺愛甘雨~魅惑の御曹司は清純な令嬢を愛し満たす~



上質な畳からは、替えたばかりだと分かる井草のよい香りがした。

「頭を上げなさい」

低く厳粛な声が頭上から落ちてきたが、俺は額を畳に付けたまま微動だにしなかった。

「ご許可をいただけるまでは、上げません」
「…大の男が、ましてや名だたる綾部ホールディングスの次期代表取締役である者が、軽々しく土下座などするものではない。顔を上げろ」

威圧的な言葉に、俺はゆっくりと身を起こした。

張りを残す浅黒い肌からは若々しく血気盛んな印象を感じるが、固く引き結ばれた唇と芽衣子と同じ黒々とした瞳からは、由緒正しき政治家一家の長としての威厳と貫禄が溢れ出ていた。
目を伏せ、いっそ頭を下げていた方がずっと気が楽だ―――そう思わせるような重圧感だった。

俺は背筋を伸ばし、挑むようにその圧を受け止め岸武文議員―――芽衣子の父を見据えると、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「新規事業については、深いご理解と厚いご協力をいただき大変感謝しておりました。そこにきてこのお嬢様の件は、まさに恩を仇で返す行い。弁解の余地はありません。…ですが、それだけに、私のお嬢様への想いがどれほどのものか、ご理解いただきたいのです。お嬢様との交際をお認めいただくためならば、新規事業へのご協力も無かったことにしていただいても構わないとも思っております」

ほお、と岸議員は返した。
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