クールな御曹司は傷心令嬢を溺愛で包む~運命に抗いたかったけど、この最愛婚は想定外です~
「一度決まった縁談を台無しにしてしまって、親として君には大変申し訳ないことをしたと思っている。だが、娘を殴るまでの行為は、捨て置けないな」

お父様の突然の登場に驚き、またその言葉に宿る怒りの圧力に屈し、北村の威勢は針を刺された風船のように瞬滅していた。

「ひどい腫れ方だ…。すまない…俺が君を一人にしたのがいけなかった」

私の頬を優しく撫でながら、雅己さんが詫びる。

「いいの…こうして助けてもらえたんだもの」

微笑を浮かべた私を、雅己さんが掻き抱いた。

「あと数分遅かったらと思うと気が気じゃないよ…。本当に、すまない…」

その震えた声を聞いて、抑えていた恐怖や安堵感が溢れ出しそうになる。
けれども、涙をぐっと堪えると、

「大丈夫…。もう大丈夫よ…」

私は雅己さんの背中を抱き締め返して、そう耳元に囁いた。自分にも言い聞かせるように。

そう。
もう、何もかも大丈夫なんだ。

雅己さんの抱擁から離れると、私は父の方へ視線をやった。

父はすっかり委縮しきっている北村に淡々と言葉を投げると、最後に「失せろ」と告げた。

のろのろとしたスピードで北村の車が去って行くのを確認すると、私は意を決して父に話し掛けた。

「お父様…」

私の様はきっとものすごくみっともないことになっているのだろう。髪も着物も乱れて、大和撫子としてありえない格好だ。

でも、何よりも早く、伝えたいことがある。

私の肩を強く優しく抱いてくれている雅己さんの前で、伝えなければならないことがある。

威圧感があって近づき難いほどだった背中。でも、小さい頃は逞しく優しく映って、何度も飛びついた大好きな背中。
その背中が、ゆっくりと振り返った。
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