仮面
そんな光平にも優しくしてくれる女子生徒がひとりだけいた。


花子という名前の小柄でメガネをかけた真面目な生徒だった。


その子はことあるごとに光平をかばうように前に立ち「やめなよ!」と、声をあげてくれる。


だけどクラス替えがあればそうもいかない。


光平は唯一心のよりどころとなっていた花子と別々のクラスになってしまい、そのまま疎遠になって行ってしまったのだ。


家にも学校にも居場所がなく、しかし他に行く当てもない。


とにかく早く大人になってこの町から逃げ出したくて、光平は高校に入学すると同時に叔父さんが持っているアパートで一人暮らしをすることに決めた。


叔父と叔母は目障りな光平が家からいなくなるということで、引き止めることもなかった。


家賃は少しばかり安くしてくれたが、バイト代で毎月振り込むことになった。


それでも、とにかく2人の元から離れることができるならそれで良かった。


これでもう毎日相手の顔色を伺ったり、殴られたりしなくてもすむのだ。


それだけで光平にとっては天国だった。


この狭いワンエルディーケーの部屋が、自分の国のように感じられた。


しかし、長い間内にこもっていた光平が高校生活になじむのは難しかった。


小学校、中学校と友人らしい友人はいなかったし、友達の作り方もわからない。


真面目に授業を受けているときに不意に耐え難い怒りがわいてきて、大声を上げてしまいそうになるときもあった。


このとき、光平の心は悲鳴を上げていたのだ。


ようやく悪夢のような毎日から逃れることができたのに、心に深く残った傷口はちゃんと治療をしなければ治らないくらいになっていた。


叔父と叔母から離れて平穏な日常を手に入れたことで、その病が浮き彫りになり出したのだ。
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