水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~



 「蛇様を退治しただと!?なんて事を。それに、その銀色の髪…………っっ」
 「化け物か!?」
 「化け物が、蛇神様を退治してしまったぞ!」
 「化け者なんかじゃない!この人は私を助けてくれた!それに巨大な人食い蛇の方が化け物だわ!みんな、どうかしてる!」


 紅月の父や白装束を着ていた男たちがざわめきだしたが、その言葉に紅月は黙っていられずに、大声で反論する。
 この人は私を助けてくれた。天気のために人が死ぬことがおかしいと思ってくれる。他人の気持ちを大切に思ってくれる、優しい人だ。
 そんな私の大切な人を化け物だなんて呼ばせない。
 化け物なのは、人が死んでも平気で「晴れてよかった」といえる、あなた達だ。そう、叫びたかった。


 「蛇神様が死んでしまっただと。そんな……」
 「この化け物を殺して、許してもらうしかないだろう」
 「あぁ、そうだな。この娘と共に一緒に殺して、お供えするしかない」
 「な……なんて、事を………」

 紅月の声は届かず、村の男たちは持っていた剣や弓矢をこちらに向けて、殺気立った目で2人に近づいてくる。
 それの恐怖を覚えながらも、紅月は山男に覆いかぶさった。
 今度は、自分が彼を守るんだ。
 ぎゅっと抱きしめると、彼が「俺はいいから、早く、逃げろ」という弱々しい声が聞こえてくる。けれど、そんな事が出来るはずがなかった。
 次に何かされたら、死んでしまう。もう彼に会えなくなる。
 せっかく、会えたのに。お嫁さんにしてもらったのに。大好きなのに。
 彼が目の前から消えてしまうのは、耐えられなかった。


 「いや、です。私は、あなたを守ります」
 「な、んで………」
 「だって、あなたが大好きだから」


 涙が彼の髪に落ちる。髪をつたって、彼の頬に落ちていく。

 「温かいな、おまえは。体も、涙も。人はこんなにも温かいんだな」
 「や、山男さん?」
 「おい!みろ!」
 「え………」


 村人の叫び声と同時に、紅月は懐かしい温かさと眩しさを感じた。
 紅月の頭上の雲の切れ目が少しずつ大きくなり、そこから光りが差し込んできたのだ。紅月と山男を明るく照らすかのように、黄金の光りが落ちていく。そして、その穴はどんどん大きくなり、雲が消えていったのだ。



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