水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~
気づくと、矢鏡は紅月の部屋の真ん中に倒れていた。
蛇神が体に喰らいついたようで、体にはいたるところに穴があいている。死んでいるから血など出ない。けれど、その穴からドクドクと力が流れ落ちていくのがわかった。
「さ、左京様。………お願いだから、いなくならないで………」
立つことが出来ない紅月が這って矢鏡の近くに来たのだろう。
すぐ傍から彼女の声が聞こえた。
まだ体を痛めつけられただけなのだろう。魂は残っている。けれど、もう体は動かす事などできない。
「あ、紅、つ……」
「こ、ここにいます、左京様……」
「人間。ソンナ器ナド、スグニ消滅スル。今、私ガ魂ヲ食ベテシマウノダカラナ」
「や、やめて……」
「人間ダッタコノ男ニ私ハ殺サレカレタノダゾ!神トシテ崇メラレテイタ、コノ私ガ。ソノ恨ミヲハラスマデ、ズット待ッテイタ。コノ人間ノ好キナ女ヲ何回モ喰ライ、オ前ハ消滅スル。復讐ヲヤット達成スルノダッッ!!」
絶叫にも似た蛇神の恨みがこもった声。
矢鏡の存在を消す事だけを考えてきたのだろう。自分を消滅させたいのならば、そのまま喰いにくればいいものを、紅月に契約をもちかけて、彼女を苦しめ何度も殺した挙句に、その彼女の前で矢鏡を喰おうとしている。
矢鏡こそ呪ってやりたいほど憎んでいるが、これで呪いをすればまたこの蛇神が生まれ変わった彼女に何か危害を加える恐れがある。それだけは避けなければならない。
そこまで考えたが、突然意識が薄れ、もう何も考えられなくなった。きっと魂が体から抜けかけているのだろう。
薄目を開けてみると、大きく口を開けて今か今かと待っている蛇神が見える。真っ赤な舌と口の中。それを見ても怖いという感覚もない。あぁ、食べられるな。そう思ってその瞬間を受け入れるだけだった。
「………神の決まりも知らない神が、神様を名乗るとは笑いが止まらぬな」
「っ………!!な、なんだ。邪魔をする奴はっ!!」
「神同士の喧嘩ってのはよくあるが、魂を食べるとは何とおぞましい」