悪女と呼ばれた聖女が、聖女と呼ばれた悪女になるまで

駆引

 一回目の時、アデライトはリカルドと一緒に登校していた。下校はアデライトに妃教育があったのと、リカルドがサブリナと過ごしたがったので別々だったが。
 校門まで馬車で来て、並木道を通って校舎へと向かう。
 ……その並木道の先は、二股に分かれていて。一方には校舎が、そしてもう一方の道の先には庭園と聖女像がある。余談だが、その更に奥にアデライトが住む学生寮がある。
 リカルドは通学の度、一瞬、けれどいつもその聖女像の方に目をやっていた。
 その理由は、一回目では解らなかったけれど――巻き戻った今回、ミレーヌの口から語られた。

「王立学園には、聖女像があるんです」
「そうなんですか?」
「ええ。家が没落して、けれど奨学金制度で学校に通うことが出来て……学べることへの感謝を毎朝、聖女像に捧げていました」
「まあ……そうだったんですね。通うようになったら、私も見に行きますね」
「ええ」

 話を聞いて、解った。リカルドもミレーヌから同じ話を聞いていて、聖女像を見ながらミレーヌに思いを馳せていたのだろう。

「君は、何を祈るの?」

 エルマには見えていないが、ノヴァーリスはいつものように宙に浮きながら、アデライトと一緒に来ていた。そして一緒に聖女像の前で止まり、アデライトにそう問いかけてきた。

「……そう、ですね。彼らを滅ぼす機会を与えてくれた感謝は、ノヴァーリスに捧げていますし」
「そうだね」
「ああ、運命を作ってくれたことに感謝しましょうか」

 そう言うと、アデライトは目を閉じて聖女像に祈った。
 そして閉じていた目を開け、校舎へと歩き出そうとし――祈る自分を見て大きく目を見開いているリカルドと、その腕にぶらさがるようにくっついているサブリナを見た。一回目の時も今くらいの時間に登校していたので、狙ってみたら大当たりだ。

(良かった……動揺せず、冷静に対応出来るわ)

 一回目の時、虐げられた為にリカルドに対して愛情はなかった。
 けれどエルマの時のように、恐怖や動揺が出るかと少しだけ心配だったのだ。けれどこうして会ってみると、憎悪の方が勝ったらしく全く怯むことはなかった。
 だから視線の先の二人に、アデライトは無言で微笑んで会釈をした。
 巻き戻った今回、会うのは初めてだがリカルドは王子でアデライトより身分が上だ。それ故、アデライトからたとえ挨拶であろうと、声をかけるのはマナー違反になる――しかし、ただお辞儀をしてはリカルドの興味は引けない。ミレーヌならマナーを守りつつも、媚びにならない程度に微笑んだだろうからこうした。
 そしてそのまま通り過ぎたアデライトに、背後から声がかかった。

「君の、名前は?」
「リカルド様?」
「アデライト・ベレスと申します」
「……ベレス侯爵家の」
「はい」

 サブリナが訝しげな声を上げるのを聞きながら、足を止めて振り返る。
 自分からは名乗らず聞いてくるのも失礼だが、アデライトはそこは指摘せずに名乗った。そして家名を口にし、ジッとアデライトを見つめてくるリカルドと、何かを感じたのか睨んでくるサブリナに対して口を開いた。

「ごきげんよう」

 今はまず、ここまでで良い。あと変に付き合って、入学式初日から遅刻なんてしたくない。
 だから二人にそう声をかけると、アデライトは踵を返して校舎へと向かった。
 そんなアデライトと、彼女を見送るリカルド達を見下ろしながら、ノヴァーリスはクスクスと楽し気に笑っていた。
< 30 / 70 >

この作品をシェア

pagetop