悪女と呼ばれた聖女が、聖女と呼ばれた悪女になるまで

美醜 ※ノヴァーリス視点※

 気づけば彼は、この世界にいた。
 そして気の向くままに世界を、国を、人々を――何年も、何十年も、何百年も宙に浮かんで眺めていたが彼の目を、心を惹きつける存在(もの)はなかった。
 ……彼女を、見つけるまでは。

「へぇ……」

 王都中の負の感情が、一人の少女へと向けられていた。
 それなのに、少女は怯えたり泣いたりしておらず――逆に悔しがり、怒っていることに興味を惹かれた。悪女と呼ばれながらも、彼女は己に恥じることを何もしていないのだと、初めて見る彼ですら解るのに。

「気づかない振りをして、殺すんだ?」

 そう呟いた彼の目の前で、少女があっけなく斬首される。
 気になったので、彼は少女が死んだ後の国の行く末をしばし眺めることにした。

 財務大臣だった少女の父も殺したので、国王夫妻は少女を陥れた娘の父で、外交官だった男を財務大臣へと任命した。
 そんな父親の協力もあり、すぐに税を無くしてくれた娘――サブリナは国民には歓迎されたが、妃教育は難航した。王妃や周りから、亡き少女と比較されることに苛立ったサブリナはドレスや装飾品を買い漁り、王太子や父に吹き込まれて使った王室助成金をあっという間に使い果たした。
 そんなサブリナに、助けて貰って感謝していた筈の平民達が憤慨する。

「税を無くしても、俺達が貧しいことには変わりない。そのことを、王太子妃は解っていないのか? しかも、王太子も止めずにむしろ唆すなんて」
「俺達は食うにも困ってるのに、あんなに贅沢するとは」
「炊き出ししてくれただけ、あの悪女の方がまだマシだった」
「いや、何でも金を使い込んだと聞いていたが、当のドレスや宝石は見つからなかったらしいぞ?」
「となると、冤罪か? 今の王太子妃こそ、本当の悪女じゃないか?」

 いつしか、人々はそう噂した。新しい王太子妃や死んだ少女についての新聞記事が、そんな人々の不満を更に煽り立てた。
 断罪、そして少女の斬首から、民達の怒りはおよそ一年ほどで爆発した。
 結果として平民達の革命が起きて貴族や国王夫妻、そして王太子と王太子妃とその父は少女とは違い、民達に怯えて命乞いをしながらも斬首されたのである。

「醜いなぁ……それに引き換え、彼女は」

 もう、この国の未来からは興味が無くなったが――代わりに、彼は今は亡き少女を「美しかった」と思った。そして、初めて少女の死を惜しいと思った。

「……記憶を残したまま、人生を巻き戻したら。悪を知った彼女は、どんな風に生きるんだろう?」

 解らなかった。けれど、不思議と確信出来た。少なくとも、彼女を陥れた面々よりは彼を楽しませてくれると思った。
 ……だから彼は死んだ少女の人生を巻き戻して、その目の前に現れた。
 そんな彼に、巻き戻って子供になった少女――アデライトはお礼を言い、名乗った上で彼が生きてきた中で初めて名前を尋ねてきた。

「名前? ないよ? ずっと一人だったから、必要なかった……ああ、でも。しばらく君と過ごすなら、あった方がいいかな? 好きに呼んでいいよ」
「紫の髪を初めて見ましたが、綺麗ですね……お母様に教えて貰った、薔薇のよう……ノヴァーリス……様は、どうでしょう?」

 何気ない言葉に返されたそれは、彼の髪と目と同じ色をした紫の薔薇の名前だった。
 媚びるのではなく、純粋な賛辞を贈ってきたアデライトに、彼――ノヴァーリスは笑い、その額に自分の額を押し当てて言った。

「ノヴァーリスだね……気に入った。ああ、でも様はいらないよ? 改めてよろしく、アデライト」

 ノヴァーリスが気に入ったのは名前だけではなく目の前の、この世界に存在してから初めて美しいと思った少女そのものだった。
 そしてアデライトは、自分に冤罪を擦り付けた王太子妃・サブリナの人生を乗っ取り――ノヴァーリスが教える前に、一回目で民が革命を起こしたと予測した。そして敢えて革命を止めず、己の死を利用して見事に復讐を果たしたのである。
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