Ephemeral Trap -冷徹総長と秘めやかな夜-
「あ〜。髪、崩れちゃったね」
撫でるように頭に触れられて、身体が勝手に硬直した。
そんな、明らかにビクビクとしているわたしの反応を、森下くんは気にする様子もなく。
「なあ。さっきから、全然目合わせてくれねぇじゃん」
「……」
「澪奈ちゃ〜ん。こっち向いてよ」
ヘラヘラと一気に詰められた距離。
乱れた髪なんてもうとっくに整ったはずだけど、気安く動く手は、いつまでたっても離れてくれなくて。
やめてほしいのに、それを口に出して機嫌を損ねられても困るから、耐えることしかできない。
思わず菊川くんを確認すると、彼はこちらに興味を示さず、机に座ってスマホを弄っていた。
ああ……やっぱりだめだ。
止めに入ってくれるかもしれない、なんて、そんな都合のいいこと、あるわけなかった。
最後の頼みの綱が、ぷっつりと切られた感覚。
先ほどまでは漠然と感じていた危機感が、ここが密室であると認識したのをきっかけに、重苦しい空気となって立ち込めてくる。
「えっと、多々良くん、は……?」
「あ〜うん。そのうち来るから。それまで、俺と仲良く待ってよーね」
……本当に?
森下くんが誰かに連絡をとる素振りは、まだ見ていない。
やっぱり、騙された……?
結局、最悪な自体に陥ってしまった可能性が高くなって、目の前が暗くなった。
焦りが募る中、無遠慮に近づいてくる手。
頬に添えられそうになったそれを、わたしは咄嗟に顔を逸らして避けた。
……行方を失った自分の手とわたしを見比べて、森下くんは、薄ら笑いを浮かべる。
「俺さあ、あれから澪奈ちゃんのこと、忘れられなくて。会いに行けねぇのがもどかしかったんだ〜。俺に甘えてきてくれたときの顔、何回も思い出したよ」
言われて、カアッと耳が熱くなった。
──違う。
甘えた覚えなんてない。
あれは……。